第052話 ぶつける先は
新連載も読んで頂けると幸いです。
「……誰かが、裏で手を回している?」
「可能性はあります。特に、一部キャンセル者の間では、匿名のチラシが出回っていたという情報も……」
「チラシ……?」
思わず、ぎり、と歯を食いしばった。
「まさか……アルバート家が?」
脳裏に浮かんだのは、あの冷笑を浮かべるアイクと妻リリア嬢の姿だった。
「徹底的に潰しに来たのね……!」
ヴィエナは、涙を堪えきれない表情で、唇を噛み、震える足で机に向かい、書類に目を通しながら呟いた。
「……こんなところで、負けられない……私の戦いは、まだ……終わっていないんだから」
机の上に広げた書類には、次々とキャンセルの報告が並んでいた。数にして200を超える顧客。
一夜にしてこの数字だ。放っておけば、数日でこれまでの努力が水泡に帰す。
それは単なる数字ではない。これまで積み重ねてきた信用、未来への希望の断片だった。
だが──
「……アルバート家の仕業だとしても、証拠がなければ動けない……」
どこかに、証明する手がかりはないかと書類を一つ一つ丁寧に読み返すが、どのキャンセル通知にも決定的な証拠はない。
誰が、なぜ、何の目的で動いたのか。匂いは感じる。だが掴めない。
「……直接、聞いて確かめるしかないわね。あの人たちに」
立ち上がったヴィエナは、すぐにエリザに指示を出した。
「エリザ、ロットを呼んできて。すぐにアルバート領へ向かう準備をするわ」
「アルバート領、ですか?」
「ええ。真正面から会って、聞いてくる。……この件に関して、責任を問うのは、今しかないから」
数時間後――
厳重な支度を終えたヴィエナは、エリザとロットを連れて馬車でアルバート領へと向かった。
緊迫した空気の中、ロットはいつも通り口を閉ざしている。だが話を聞いたロットの手は、拳を強く握りしめ、静かに怒りを滲ませていた。
やがて、夕刻前にアルバート家の門前に到着する。
門の前には数名の衛兵が立ち、毅然とした態度で彼女たちを迎えた。
「アルバート家のアイク様とリリア嬢を、今すぐ呼んでちょうだい」
馬車から降りたヴィエナは、一歩も引かぬ声音で命じた。
だが──
「申し訳ありません。お約束のないお客様は、お通しできません」
衛兵の冷たい声が響く。
「……約束がなくても関係ありません。伝えるだけでもいいのです。エムリット家の令嬢、ヴィエナが訪問したと」
「それでも……」
「まあまあ、いいじゃない? 出てあげましょうよ、こんなに遠くから来たんですもの」
柔らかな声と共に、邸宅の扉が開いた。
姿を現したのは、真珠のような肌に薄紅色の唇。完璧な笑みを浮かべた──リリア・アルバートだった。
「ふふっ、気づくのが早いですわね、ヴィエナ様。まさか、ここまでいらっしゃるとは思っていませんでした」
「……あなた……!」
「なんだか、ピンチみたいですけど? 大丈夫ですか?」
その言葉に、ロットの眉間がぴくりと動いた。
「お前ら……っ! どこまで卑劣な真似を──!」
ロットが一歩踏み出しかけた瞬間、ヴィエナが腕を伸ばして彼を制した。
「やめて、ロット。……挑発に乗ってはダメ」
ヴィエナはまっすぐにリリアを見つめる。
「やっぱり……あなたたちの仕業だったのね」
「まあ、何のことでしょう?」
リリアは手を口元に当てて、小さく笑った。
「キャンセルが出たのも、チラシがばらまかれたのも、偶然じゃない。あなたたちの仕業よ」
「それを証明できるのかしら?」
一瞬、空気が張りつめた。リリアの笑みはあくまで優雅で、冷たい。
「証明? そんなもの、あなたが白状しさえすれば──」
「それは、私の口からではなく、証拠という形でお願いしたいですわね。いくら私を疑っても……証拠がなければ、あなたはただの騒ぎ立てる子供」
ヴィエナの拳が震える。
「……どこまで陰湿なのよ、あなたたち……」
「陰湿? これは“競争”ですわ。あなたが始めた戦い、私たちは本気で応えてあげているだけ」
その瞬間、リリアの目が鋭く光った。
「あなた、本当にこの程度のことで……泣きにでも来たの?」
ヴィエナは言葉を飲み込んだ。
悔しさが胸に渦巻く。だが、この強引なアルバート家のやり方をむしろ受け入れ、言葉を放つ。
「……もし、これも作戦と言うのなら、復讐の為に生きている私に勝てるとでも思ってるの?」
「はいはい、せいぜい頑張ってくださいな。わたくし達、あなたが潰れる姿を楽しみにしておりますの」
リリアはくるりと背を向け、屋敷の中へと消えていった。
残されたヴィエナは、その場に立ち尽くしたまま、小さく息を吐いた。
「……あんな人たちに、負けてたまるもんですか」
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