表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷痕の令嬢は微笑まない  作者: 山井もこ
49/75

第047話 ラスト1人

新連載の下記の作品本日投稿しております。

白い結婚と言ったのは王子の貴方ですよ?


評価・ブックマーク頂けると励みになります。



「美容のミランダ嬢・占いのアヌビス・剣術のウェルナー家・料理人のラビア──」


窓から差し込む春の陽光が書斎の机を照らす中、ヴィエナはひとつずつ名を挙げていった。

整えられた机の上には、顔ぶれと役割を記した資料が並べられている。


「協力してくれる人は、ここまで増えたわ。後は──音楽家のソフィアだけ」


ヴィエナの声は静かだったが、芯のある強さを含んでいた。

「私は、商業の座組をしっかり整える準備をします」


「じゃあ、僕はソフィアに協力を打診しに行こう」

傍らのエドガーが、椅子から立ち上がりながら言った。彼の目は、いつになく真剣だ。


ヴィエナは、商業を限られた日数で広める為の手法を考える為、その日のうちに、エムリット領へ戻った。


まっすぐ父の書斎へと足を運ぶ。扉を叩くと、中からガイゼルの声が聞こえた。

「おお、ヴィエナか。帰っていたのか」


「ええ。お父様、少しお時間よろしいですか?」


扉を開けると、書斎には相変わらず本と書類が山積みされていた。ガイゼルは椅子にもたれ、老眼鏡を外しながら娘の顔を見つめる。


「ヴィエナ、大丈夫なのか?無理をしていないか?」


その言葉に、ヴィエナはやわらかく返事をした。

「大丈夫です。むしろ今は、燃えていますから。それより……お父様。商業を素早く国中に広めるには、どうすれば良いか教えてください」


ガイゼルは眉をひそめ、思案の表情を浮かべる。


「そうだな……広めるとなると、やはり“お客様の声”だな。結局は地道に、信用を積み重ねるしかない」


「……やはり、それしかないですわね…」


「ビラを張るにしても、見てもらえれば良いが──誰もが目に留めてくれるとは限らないしな」


ガイゼルがつぶやいた、その言葉にヴィエナの瞳がふと光を宿す。


(それだわ……!)


「ありがとうございます、お父様!」


「えっ、ちょっと待っ」

ガイゼルの話の途中で、ヴィエナは勢いよく立ち上がると、書斎を飛び出していった。


「行ってしまった……まったく、あの子は……」


ため息混じりに呟くガイゼルの声を背に、ヴィエナは玄関前に繋いでいた愛馬・ルナのもとへ駆け寄った。


「ルナ、行くよ!」

白銀のたてがみを揺らしながら、ルナは一声いなないた。そしてヴィエナを乗せ、風のように走り出した。


***


その頃、クラシック街では、華やかな音楽ホールの中に澄み切った旋律が響いていた。


──なんて綺麗な音なんだろう。


その音色は、ただ「美しい」では言い表せないほど繊細で、温かくて、そして少し切なかった。まるで、心の奥にしまっていた思い出を優しく掘り起こすような──。


エドガーは、最前列の一角に静かに座っていた。会場の照明は落とされ、ステージのグランドピアノにスポットライトが当たっている。その鍵盤に、柔らかく白い指を踊らせているのが、音楽家ソフィアだった。


肩まで伸びた淡い茶髪が揺れ、整った横顔には一点の迷いもない。彼の演奏に言葉は必要ない。

ただ、音が語っていた。

 

──心が洗われるようだ。


エドガーは思った。過去の悲しみや痛み、争いの影をも優しく包むその旋律は、まるで一人ひとりの心を見透かすかのように響いてくる。


会場を見渡せば、目を閉じて聴き入る人々が多く、時折、そっと涙を拭う姿もあった。笑っている人もいた。胸に手を当てて、祈るように聞いている人も。


「……すごい」


エドガーは、小さく呟いた。


「こんな人が、スキルシェアリングサービスに協力してくれたら──とんでもないことになる」


音楽は心を癒すだけでなく、人を動かす力を持つ。もしその力が、今ヴィエナが築こうとしている新しい商業の形に加われば……。


それはきっと、誰の心にも届く未来の始まりになる。


そして彼は、静かに決意する。


ソフィアに、この夢を語ろう。ヴィエナの築く新しい道を、彼にも歩んでほしいと。


終演の拍手が鳴り響く少し前、エドガーはそっと席を立った。


今夜の星空のように澄んだ音が、彼の背に優しく降り注いでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ