第047話 ラスト1人
新連載の下記の作品本日投稿しております。
白い結婚と言ったのは王子の貴方ですよ?
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「美容のミランダ嬢・占いのアヌビス・剣術のウェルナー家・料理人のラビア──」
窓から差し込む春の陽光が書斎の机を照らす中、ヴィエナはひとつずつ名を挙げていった。
整えられた机の上には、顔ぶれと役割を記した資料が並べられている。
「協力してくれる人は、ここまで増えたわ。後は──音楽家のソフィアだけ」
ヴィエナの声は静かだったが、芯のある強さを含んでいた。
「私は、商業の座組をしっかり整える準備をします」
「じゃあ、僕はソフィアに協力を打診しに行こう」
傍らのエドガーが、椅子から立ち上がりながら言った。彼の目は、いつになく真剣だ。
ヴィエナは、商業を限られた日数で広める為の手法を考える為、その日のうちに、エムリット領へ戻った。
まっすぐ父の書斎へと足を運ぶ。扉を叩くと、中からガイゼルの声が聞こえた。
「おお、ヴィエナか。帰っていたのか」
「ええ。お父様、少しお時間よろしいですか?」
扉を開けると、書斎には相変わらず本と書類が山積みされていた。ガイゼルは椅子にもたれ、老眼鏡を外しながら娘の顔を見つめる。
「ヴィエナ、大丈夫なのか?無理をしていないか?」
その言葉に、ヴィエナはやわらかく返事をした。
「大丈夫です。むしろ今は、燃えていますから。それより……お父様。商業を素早く国中に広めるには、どうすれば良いか教えてください」
ガイゼルは眉をひそめ、思案の表情を浮かべる。
「そうだな……広めるとなると、やはり“お客様の声”だな。結局は地道に、信用を積み重ねるしかない」
「……やはり、それしかないですわね…」
「ビラを張るにしても、見てもらえれば良いが──誰もが目に留めてくれるとは限らないしな」
ガイゼルがつぶやいた、その言葉にヴィエナの瞳がふと光を宿す。
(それだわ……!)
「ありがとうございます、お父様!」
「えっ、ちょっと待っ」
ガイゼルの話の途中で、ヴィエナは勢いよく立ち上がると、書斎を飛び出していった。
「行ってしまった……まったく、あの子は……」
ため息混じりに呟くガイゼルの声を背に、ヴィエナは玄関前に繋いでいた愛馬・ルナのもとへ駆け寄った。
「ルナ、行くよ!」
白銀のたてがみを揺らしながら、ルナは一声いなないた。そしてヴィエナを乗せ、風のように走り出した。
***
その頃、クラシック街では、華やかな音楽ホールの中に澄み切った旋律が響いていた。
──なんて綺麗な音なんだろう。
その音色は、ただ「美しい」では言い表せないほど繊細で、温かくて、そして少し切なかった。まるで、心の奥にしまっていた思い出を優しく掘り起こすような──。
エドガーは、最前列の一角に静かに座っていた。会場の照明は落とされ、ステージのグランドピアノにスポットライトが当たっている。その鍵盤に、柔らかく白い指を踊らせているのが、音楽家ソフィアだった。
肩まで伸びた淡い茶髪が揺れ、整った横顔には一点の迷いもない。彼の演奏に言葉は必要ない。
ただ、音が語っていた。
──心が洗われるようだ。
エドガーは思った。過去の悲しみや痛み、争いの影をも優しく包むその旋律は、まるで一人ひとりの心を見透かすかのように響いてくる。
会場を見渡せば、目を閉じて聴き入る人々が多く、時折、そっと涙を拭う姿もあった。笑っている人もいた。胸に手を当てて、祈るように聞いている人も。
「……すごい」
エドガーは、小さく呟いた。
「こんな人が、スキルシェアリングサービスに協力してくれたら──とんでもないことになる」
音楽は心を癒すだけでなく、人を動かす力を持つ。もしその力が、今ヴィエナが築こうとしている新しい商業の形に加われば……。
それはきっと、誰の心にも届く未来の始まりになる。
そして彼は、静かに決意する。
ソフィアに、この夢を語ろう。ヴィエナの築く新しい道を、彼にも歩んでほしいと。
終演の拍手が鳴り響く少し前、エドガーはそっと席を立った。
今夜の星空のように澄んだ音が、彼の背に優しく降り注いでいた。
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