第046話 二つの街で
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コンサード街
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陽の傾きかけた午後、コンサード街の目抜き通りには香ばしいバターの香りと、甘く焦げたソースの匂いが漂っていた。
人々が吸い寄せられるように行列を作る、その中心におしゃれは看板のお店。
それは、この国1番の料理人──ラビアの店であった。
ヴィエナは現在、ラビアにスキルシェアリングサービスへの協力を打診しにこの店にやって来ていた。
「ここだけの話、私もアルバート家にはうんざりしているんですよ」
カウンター越しに差し出された紅茶の湯気の向こうで、ラビアはぼそりと漏らした。三十代半ば、赤銅髪を後ろでまとめた、軽快な女性だ。切れ味の良い眼差しが印象的で、一切の妥協を許さない雰囲気に包まれている。
「どうして、アルバート家を憎んでいるんですか?」
ヴィエナが問いかけると、ラビアは小さくため息をついた。
「うちの店で使う野菜はすべて、アルバート家が管理する農園から仕入れてるんです。でもここ一年、毎月のように値上げされてて。うちはまだ売り上げがあるからなんとかしてるけど、小さな店はバタバタと潰れていってる」
彼女は眉をひそめ、手元のカップに目を落とした。
「周辺では、アルバート家以外から大量に野菜を仕入れる手段がなくてね……完全に足元を見てるのよ、あの人たち」
「ひどい……」
ヴィエナは自然と拳を握りしめた。
利益のために、生活を支える飲食業を追い詰めている現実。
「街中で噂になってますが──アルバート家と揉めてるんでしょう?」
「はい。今日ここを訪れたのも、それが理由です」
ヴィエナは姿勢を正し、懐から一枚の紙を取り出した。
「スキルシェアリングサービス──その一人として、エムリット領に力を貸していただけませんか?」
「力を、って?」
「貴方の料理技術を、皆さんに講座として提供してほしいんです」
ラビアの眉がぴくりと動く。その目は、冷たく光った。
「それは出来ません。私は料理人として、膨大な時間と労力をかけて今の地位を築いたんです。誰にでも真似できるようなものじゃないし、それを大衆に公開するなんて…ありえないです。」
静かな怒気を含んだ声に、店内の空気が一瞬凍った。
──その発言は、誰もが正論だと頷くだろう。
だが、ヴィエナは違った。彼女は、穏やかに言葉を続けた。
「だからこそ、です。ラビアさんの料理には、計り知れない手間と知識が詰まっている。確かに多くの人が、一度は試しに真似するかもしれません。でも、きっと皆こう思います──“こんなに手の込んだ料理がこの値段ならラビアさんのお店に食べに行けば良い,,と」
「……」
ラビアは考え込んだ様子で沈黙を続けた。
「その結果、料理の価値はさらに上がり、お客様もさらに増え、喜ぶ人が増えます。技術の公開は、脅威ではなく宣伝になるんです!」
その確信に満ちた言葉に、ラビアはしばし無言の後──ふっと、口角を上げた。
「……確かに、それもそうかもしれないわね」
「それに……一緒にアルバート家を倒しませんか?」
ヴィエナの目が真剣になる。
「勝つことができた時には、エムリット領から野菜を正規の価格で、大量に提供します。アルバート家の独占は、必ず崩します」
ラビアは腕を組み、大きく息を吐いた。
「──よし、乗った」
その瞬間、また一人、ヴィエナの味方が増えた。
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同じ頃、コレスニック街。
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エドガーは人混みをかき分けるように歩いていた。行き交う人々の視線の先には、いつも通りの──独特の雰囲気を放つ、占い師アヌビスの姿がある。
「父さんから許可はもらった……あとは、あの人を説得するだけだ」
小さく呟きながら足を止めた時、アヌビスがこちらに気づき、にやりと笑った。
「あら、また来たの? 貴族にする気になったのかしら?」
「いえ……申し訳ありませんが、血筋が全てなので、貴族にお迎えすることはできません」
エドガーは真摯な目で答える。
「ですが、貴族と同じ暮らし──食事、侍女、屋敷──それらを全て保証することは可能です」
「……ふーん、気がきくじゃない」
アヌビスは思いがけず満足そうに頷いた。
「それでいいわ。その“スキルシェアリングサービス”とやら……いくらでも協力してあげる」
「ありがとうございます」
エドガーは深々と頭を下げた。
アヌビスはくすくすと笑いながら、占いテーブルの水晶玉を撫でた。
「この国も、ようやく面白くなってきたわね」
──こうして、また一人。
決戦まで残り45日




