第044話 負けを認めろ
昨日はお休みして申し訳ありません。
新連載も投稿しているので、読んで頂けると幸いです。
「……あれだけ啖呵を切って始めた勝負だ。降参するわけないだろ」
夕焼けの残光に照らされたウェルナー領の門前で、エドガーはアイクとゴードンへ静かに告げた。
言葉には怒りよりも、決意がにじんでいた。
だが、目の前の二人──アルバート家のアイクとゴードンは嘲笑を隠さなかった。
「往生際が悪いな、エドガー・ウェルナー。君がそうやって粘っている間に、我がアルバート家は十五店の開店を決めたぞ」
アイクが声を張り、まるで勝利宣言のように語る。
「十五……店目だと……?」
耳を疑い、思わず繰り返した。それは、すなわち勢力を更に拡大させているという証左。
そこへ、ゴードンが冷酷な笑みを浮かべて言葉を重ねた。
「加えて、貴様がこの数日何もしていないことは、こちらの従者がしっかりと報告している。対抗の気配もない。勝ち目など、はじめからなかったのだ」
エドガーは拳を握った。
(……くっ、ここまでか……)
確かに、戦況は厳しい。資金も人員も限られる中、アルバート家は次々と手を打ってきた。
エドガーたちが手をこまねいている間に、商圏は奪われ、民は流れ、劣勢は決定的なものとなっていた。
(降参した方が、楽になれるかもしれない……)
そんな弱音が、ふと頭をよぎった。
だが――
「……あれ? エドガー様、いつの間にお戻りを?」
不意に、背後から門の衛兵の声がかかる。
「ああ、今、戻った」
努めて冷静を装いながら返すと、衛兵が懐から一通の封書を取り出した。
「ちょうど良かった。ヴィエナ様からお手紙が届いております」
その名に、エドガーの心がざわつく。手紙を受け取る指先が、少しだけ震える。
(……ヴィエナも、諦めたのだろうか)
封を切るのが少しだけ怖かった。あの彼女が、潔く手を引くような言葉を書いているとは思えなかったが、それでも……
覚悟を決めて、便箋を広げる。読み進めるうちに、彼の目が見開かれた。
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エドガー様へ
アルバート家への逆転の兆しが見えました。
詳細は手紙では書けませんが、一度エムリット領へお越しください。
必ず、勝てます。絶対に勝ちましょう。
――――――――――――――――――――――――
短いが、力強い言葉。
彼女は、まだ諦めていなかった。
自分が投げ出しそうになった戦いを、あのヴィエナは今なお握りしめている。エドガーは唇を噛んだ。
(なんて情けない……)
心が熱を帯びる。自分は今、目の前の数字と現状に押し潰されかけていた。しかし、戦場に立つ覚悟を持ち続ける者がいる。その存在が、再び火を灯してくれる。
「──おい、アルバート家」
エドガーは手紙を懐にしまいながら、ゴードンとアイクに向き直った。まっすぐな瞳に、もう迷いはなかった。
「お前らはもう終わりだ」
その声は静かで、だが確かな響きを持っていた。
アイクの眉がぴくりと動き、ゴードンは口元を歪めた。
「何か切り札でも見つけたのか? 今さら何を……」
「答えは言わない。だが、ヴィエナが動いている。それが何よりの証拠だ」
そう言い残して、エドガーは二人の間をすり抜け、まっすぐ馬小屋へと向かった。
(エムリット領へ早く行きたい)
背中にはもう、迷いも弱さもなかった。




