第043話 取引の代償
毎日投稿継続中(44日目)
新連載月曜日7話更新です。
力入れてるので読んで頂からと幸いです。
「貴族になりたいって……そ、そんな事、不可能ですよ」
アヌビスの提案に、エドガーは思わず声を荒げた。常識では到底あり得ない要求。
(何を言っているんだ、この占い師の婆さん)――そう思ったが、彼女の真剣な眼差しに、軽率な否定が喉に引っかかった。
アヌビスは紅い唇を歪めて微笑んだ。
「だから、それを何とかしなさいって言ってるのよ。」
続けて、アヌビスは自信満々な態度でタロットに手をかざし呟いた。
「では、占います」
彼女は無造作にタロットを手に取り、さっと数枚をめくると、さも見えたかのように首を傾けた。
「えーっと、私を貴族として迎え入れないと……アルバート家に大敗する。みたいです」
(ほ、ほんとなのかこの婆さん……)
思わず心の中で呟いたエドガーだが、すぐにその考えが顔に出てしまったのか、アヌビスは、まるで遊び半分の戯れのように、唇の端を上げて微笑んだ
「まあ、別に無理ならいいわよ。勝負に負けても良いのならね。領地を取られ、王様に呼び出されて……そうね、公爵家から伯爵家に降格……なんてこともあるかも」
彼女は、悪戯を仕掛ける子供のようにエドガーの動揺を楽しんでいる。
「も、もし貴方を迎え入れたら……勝負には、勝てるのですか?」
エドガーの問いに、アヌビスは満足げに頷いた。まるで聞きたかったのはそれよと言わんばかりに。
「そうなるでしょう」
自信満々に胸を張るその姿に、エドガーは何も言えず、ただ沈黙した。
アヌビスはエドガーの迷いを見逃さなかった。その沈黙の中にある葛藤と、理性との戦いに。
やがて、エドガーは顔を伏せ、吐き出すように言った。
「貴族には迎え入れる事は出来ません。仮に占いを教えて頂いたとしても……商業戦には関係ありませんから」
(くそ……こいつ、気づきおった)
アヌビスは歯噛みしつつも、表情は崩さなかった。
だが、確かに彼は核心を突いたのだ。占いの技術を得たところで、即座に商業に応用できるものではない――それを見抜いた彼に、安易な言葉は通用しない。
「確かに、坊やの言うとおり。負けることが、あなただけの問題なら……それでいいんじゃないかしら?」
アヌビスの声は柔らかく、だが鋭かった。まるで刃物のように、エドガーの心を突き刺す。
「相方の領地は?民は?従者たちは?彼らの未来も、あなたの判断ひとつで左右されるのよ」
その一言に、エドガーの目に迷いが宿った。心の中で、様々な顔が浮かんでは消える。ヴィエナ、父、民たち、そして街の人々。
やがて、彼は深く息を吐き、静かに言った。
「数日……お時間をください。父に相談しないと……私だけでは、決められません」
アヌビスは彼をじっと見つめると、わずかに頷いた。
「そう。また気が変わったら、いらっしゃい。私はここにいるわ」
⸻
コレスニック街のアヌビスの元を後にし、夕暮れの街道を歩くエドガーの足取りは重かった。
だが、今はまだ答えを出すには早い。彼の心には、様々な声がこだましていた。
(とりあえず、領地に帰ろう)
――だが、彼がウェルナー領の門前にたどり着いた時、その静寂を破るように、2人の人影が彼を待ち構えていた。
アルバート家のゴードン公爵とアイクだった……
「……お久しぶりです。ゴードン殿、アイク殿」
エドガーは眉をひそめながら声をかけると、ゴードンがにやりと笑った。
「ええ、お久しぶりですな」
「何故ここに?」
エドガーが2人を敵対視するように視線を送りながら、疑問をぶつけた。
すると、アイクが続けた。
「本日はですね、我々が勝利を確信したため、“降参”を勧めに参上いたしました」
彼らの言葉に、エドガーは息を呑んだ。
(降参……だと?)




