第041話 美しい理由と老婆
毎日投稿継続中(42日目)
新連載は7話目明日投稿です。
「こちら、ささやかですが、お土産です」
ヴィエナは静かに箱をミランダへ差し出した。
中には、エムリット領で作られた真珠のネックレス、厳選された化粧品、そしてウェルナー領の薬草を調合した特製の肌薬が並んでいる。
「まぁ……なんて美しい……ありがとうございます。どれも見たことのない品ばかりですわ」
ミランダは手に取った真珠のネックレスを頬にあて、嬉しそうに、喜びの瞳で微笑んだ。
「ところで……本日は、どういったご用件で?」
(エムリット嬢が、私に会いに来るなんて……信じられない。目を合わせるのも、少し恥ずかしいくらい)
「実は……ミランダ嬢にお聞きしたいことが、たくさんありまして」
ヴィエナは、目の前の“人形姫”をまっすぐに見つめて置かれている現状を語った。
「なるほど、アルバート家が優勢な状況で、ヒントを見つけるために私の所へ来たというわけですね。」
ヴィエナは涙目で頼み込んだ。
「ええ。劣勢な状況を打破する為、この国の1番に触れる必要があると考えました。だから、全てを知りたいんです。化粧水や化粧道具、朝食まで色々と……」
ミランダは一瞬驚き、次いで頬を赤らめた。
(そ、そんな事まで憧れのヴィエナ嬢に聞かれるなんて……)
「ふふ……でしたら、侍女のアスリを呼びましょう。私より、よく分かっている子ですわ」
ミランダは小さな鐘を鳴らし、ほどなくして一人の侍女――アスリが部屋に現れた。
「ミランダ様、何か?」
「アスリ、私の美容や朝の習慣について教えて差し上げて」
「かしこまりました」
アスリは整った姿勢で言葉を続ける。
「ミランダ様は、朝は野菜ジュースと軽めのパン、そしてコーンスープをお召し上がりになります。化粧道具に関しては特にこだわりはなく、日によって変えておりますが、基本的には私に任せていただいております」
「化粧水などは?」
「……ほとんど使用されておりません。水洗顔を基本とし、乾燥時に少量のオイルを使用する程度です」
(それで……この美しさ?…)
ヴィエナは信じられないといった表情でミランダに視線を送る。
「ミランダ様の美しさは、生まれながらのもの。決して飾らないのに美しいその姿が、多くの人々の憧れとなっております。」
(なるほどね……飾らない事で人々からは距離が近く感じる。でもこの圧倒的な美貌が人を惹きつける)
ヴィエナはゆっくりと呟いた。
「でしたら、この化粧品と真珠のネックレスを使って、一度だけで構いません。街を歩いていただけませんか?」
「街を……?」
「エムリット領で開発したこの化粧品は、ウェルナー領でしか採れない薬草をもとに、肌への刺激を最小限にしつつ、美白と保湿に優れた効果を持たせています。試していただけるだけでも、ありがたいです」
ミランダはほんのり笑いながら、言葉を添える。
「……分かりました。私にできることであれば、喜んで!ヴィエナ嬢は、必ずアルバート家に勝つと信じています。あなたは――私の推しですから」
「……ありがとうございます。絶対、勝ってみせます!」
その日のヴィエナは、いつもの不安の奥に、小さく暖かい気持ちで邸を後にした。
得られた情報は、商業へのヒントには全くならないかもしれない。
(エドガー様がアヌビスに会いに行ってくれている。収穫話を信じよう)
だが、この出会いが後の展開に大きく関わることを、誰も知らなかった。
――――――――――――――――――――――――
場所は変わって、雑踏に包まれたコレスニック街。
「“老婆娼館へようこそ”兄さんなら安くするよ!」
「くっ……また違った……これで5度目…アヌビスは何処にいるんだ」
エドガーは半泣きの表情で、派手な衣装の老婆が集まる建物を走り抜けていた。
彼が探しているのは、占い師“アヌビス”。
背は低く、髪はぼさぼさの白髪。着ているのは、ほつれた布のようなボロボロの服――そんな老婆が、街のはずれの人だかりに紛れているらしい。
だが、エドガーはアヌビスを見つけることが出来ず、歩く力は弱くなり、途方に暮れていた。
空も暗くなりかけている。
その時――喧騒の中心に人が群がっているのを見つけた。
「次、私を占って!」「順番守りなさいよ!」「ちょっと押してるのは誰よ」
(もしや…)
「すみません、通ります!」
人々の声が入り混じる中、エドガーは群れをかき分け、中心を覗き込む。
そこにいたのは――
噂通り、髪は白髪混じりでぼさぼさ、服はところどころ裂け、靴もボロボロな老婆だった。だが、その目だけは鋭く、何かを見透かしているようだった。
「貴方がアヌビス?」
「……あら? 呼んだかしら?」
老婆は、にたりと笑う。
「貴方、綺麗な顔してるわね。どう? 結婚しない?」
(こ、この人が国1番の占い師?……やばそうな人すぎる!)
コレスニックの空にエドガーの心の悲鳴が響き渡った。




