番外編 エドガーのお茶会
ご報告、新連載始めました。
白い結婚と言ったのは王子のあなたですよ?
かなり力入れてるので呼んで貰えるとうれしいです。
「準備はできたか?」
厳格な声が響く。ダニエル公は、優雅に仕立てられた礼服に身を包み、息子を鋭い目で見つめていた。
「はい、父さん」
エドガーは深く息を吸い込み、答えた。
だが、その声にはどこか迷いが滲んでいる。
「では行くぞ」
父の言葉に従い、エドガーは静かに歩を進めた。
(まだ……ヴィエナのことを忘れられないのに……)
馬車に揺られながら、エドガーは窓の外をぼんやりと見つめる。
(縁談なんて気が進まないな……。だけど、父さんが決めたことだ。避けるわけにはいかない)
ヴィエナとの日々が、脳裏に浮かぶ。
彼女の冷静な判断力、強い意志、そして時折見せる繊細な部分。そのすべてが、今も心を締め付ける。
(ヴィエナは前に進んでいる……俺だけが、過去に縛られているわけにはいかない)
そう自分に言い聞かせながら、エドガーはお茶会の会場に到着した。
⸻
今回の縁談の場として選ばれたのは、王都でも屈指の美しい庭園を誇る「ロワールの館」。
四季折々の花が咲き誇り、中央には美しい噴水が煌めいている。鳥のさえずりが心地よく響き渡るその場所は、格式高い貴族たちの社交の場としても名高かった。
「これがお前の縁談相手、ミシャール伯爵家のエミリア嬢だ」
父ダニエルが、優雅に立つ女性を示す。
「初めまして、エドガー様」
エミリアは静かに微笑みながら、上品に挨拶をした。その姿を見た瞬間、エドガーの動きが一瞬止まる。
(に、似ている……ヴィエナに……)
エミリアはヴィエナと同じ金髪を持ち、透き通るような青い瞳をしていた。顔までヴィエナにどこか似ている。
そして彼女の笑顔には、どこか儚げな美しさがあった。さらに、細い体躯と落ち着いた立ち居振る舞いが、ヴィエナの姿と重なって見える。
(まるでヴィエナのようだ……)
エドガーは無意識に、目の前の女性をまじまじと見つめてしまっていた。
「……どうかされましたか?」
エミリアが不思議そうに首を傾げる。
「いえ、ちょっと考え事を……」
エドガーは慌てて視線を逸らした。
「エドガー様はお忙しいとお聞きしてますから」
エミリアは微笑みながら、静かにティーカップを持ち上げた。
「実は、エドガー様との縁談のお話を聞いたとき、とても嬉しくて、思わず倒れそうになりましたの」
「え?」
「ミシャール家は大きな家柄ではありません。そんな私に、エドガー様のような方とのご縁があるなんて、夢のようです」
彼女は恥ずかしそうに微笑みながら、そっと目を伏せた。
「私なんかで、本当に良いのでしょうか?」
エドガーは、彼女の言葉に答えられずにいた。
(ヴィエナの事が忘れられないなんて言えない。それに、こんな中途半端な気持ちで、エミリアと向き合うのは申し訳ない……)
ヴィエナへの想いが、まだ完全に消えたわけではない。
それでも、エミリアは目の前で、彼を受け入れる準備をしている。
「エドガー様は、どのような女性が好みですか?」
不意に投げかけられた問いに、エドガーは少し戸惑った。
「え、えーっと……そうだな。強くて、献身的に支えてくれる女性、かな」
「まあ……」
エミリアはぱっと顔を輝かせた。
「なら、私もエドガー様を支えられる、強くて綺麗な女性になれるよう努力いたしますね」
(……ヴィエナと違って、よく笑う女性だ)
ヴィエナは普段、あまり感情を表に出さない。冷静で聡明で、無邪気に笑うことは少なかった。
(ヴィエナは、自分の目標に向かって進んでいる)
彼女は領地を守るため、商業の発展に力を尽くしている。
(自分だけが、ヴィエナのことばかり考えて、進まないわけにはいかない)
エドガーは静かに息を吸い込み、目の前のエミリアをまっすぐに見つめた。
「……そろそろ、僕も前に進もう」
決意を込めて、エドガーはゆっくりと口を開く。
「エミリア嬢」
「はい」
エミリアが期待に満ちた瞳でエドガーを見つめる。
「これから、よろしくお願いします」
エミリアの表情がぱっと明るくなり、心からの微笑みを浮かべた。
お茶会の庭には、春の柔らかな風が吹き抜ける。
エドガーは窓の外の空を見上げ、微笑んだ。
(もう、いいんだ。この美しい女性を僕は大切にする)
――これは、彼が新たな未来を歩み始める第一歩だった。




