第31話:香りの未来
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厳かな議論が終わり、エドガーとヴィエナ、そしてエリザは、商業ギルドに向かうため馬車に乗り込んだ。
エドガーは静かに問いかけた。
「売り方が悪いとは、どの辺が良くないのだろう?」
ヴィエナは少し考え込むと、丁寧な口調で答えた。
「貴族がおめかしに使う香水というのは、古くから代々受け継がれてきたものでございます。ゆえに、貴族を対象に販売するものではなく、むしろ商業ギルドの利用者に向けて販売すべきでございます。なぜなら、貴族は数が少なく、庶民に比べれば圧倒的に少数派でございますから」
エドガーは軽く頷きながら聞いていたが、ヴィエナの話は続く。
「かといって、ただ市場に並べただけでは、容易には売れにくいでしょう。そこで必要となるのが、印象に残るキャッチコピーでございます」
ヴィエナはやや意気揚々と目を輝かせながら提案した。
『今の生活をワンランクアップさせる』というキャッチコピーはいかがでしょうか?」
エドガーはそれを聞き、興味深そうに考え込む。
「なるほど、庶民の生活…。たとえばお部屋やお手洗い、さらには外出時にその香りを纏えば、生活自体が格段に上質になる、ということか……」
続けて、エドガーは冷静に提案した。
「では、ウェルナー領の香草をエムリット領にも分けて、両領の連携を強化しよう。その上で、試作品を作り、商業ギルドに持参しよう」
ヴィエナは力強く頷いた。
「分かりました。さっそく試作品をお持ちして、商業ギルドへ向かいましょう」
――数時間後、エドガーとヴィエナ、エリザは、華やかな雰囲気の中、商業ギルドの店先に到着した。従者たちも同行し、彼らの到着を温かく迎える。
エドガーは店番に向かって丁寧に申し入れた。
「こちらの商品を、ぜひともこちらのお店に置いていただけませんか?」
店番が一瞥すると、驚いたように呟いた。
「これは……?」
先にヴィエナが商業ギルド全体に、口火を切る。
「これは、ウェルナー領にしか存在しない香草を原料にした香水でございます。人々の生活をワンランクアップさせる、皆さんにとって新たな価値をお届けいたします」
店番は興味を隠せず、目を細めながら言った。
「ほう、それは面白い。何だか、話題性もありそうだな」
すぐに、客席からも声が上がった。
「何それ、売ってちょうだい!」
「おれも欲しい!」
ヴィエナは大盛況の盛り上がりをみせるギルド内に告げた。
「ただいまは生産中でして、予約のみとなっております」
「ならば、予約させてください!」
「おれも予約だ」
「プレゼントに私は10個予約よ」
庶民に向けた生活をワンランクアップさせる香水は、たちまち大量の予約が入り、店内は活気に包まれた。
「こんなにすぐに予約が入る商品なら、ぜひともこの店におかせてください」
と、店番が満足げに言うと、商業ギルド側も手配を始めた。
ヴィエナとエドガーは2人揃って、ギルド内の人々全員にむけてお礼をした。
「ありがとうございます。さっそく生産体制を整えますわ」
商業ギルドを後にするエドガーは、外に出ると呟いた。
「すごいな、ヴィエナ……。この調子じゃ、俺はもはや必要ないな。君に任せることにするよ。明日、父上が連れて来た縁談相手とのお茶会にも、安心して臨めそうだ」
エドガーはどこか寂しそうな表情で、明日の縁談の話を始めた。
ヴィエナは何をエドガーに伝えればいいか、分からず、少しの間沈黙が続いた。
「す、すまない、つい口に出てしまって。この香草と薬草はエムリット領でも育つから頼んだよ」
エドガーは自分の力不足を悔やんでいた。
自分よりも、最善の案を出すヴィエナに無力さと、己の必要のなさから出た言葉だった。
「いえ……それよりも香水がここまで売れるとは思いませんでしたね!」
「私も、ダニエル公と同じでアルバート領を倒したいです」
ヴィエナにとって婚約破棄されたアイクがいるアルバート領。傷モノになった自分が悪い。そんな事は分かっているが、どうしても一泡吹かせたい気持ちだった。
それを聞いたエドガーから提案が。
「学園で噂になってたが、アルバート領はヴィエナの元婚約者がいるんだったね」
「香水の販売が開始して、アルバート領を越えることが出来れば、父と一緒にアルバート領へ挨拶に行かないか?そしてこの香水をヴィエナが作った、そう言ってやらないか?」
ヴィエナはそれを聞いて、何かを企んでいるような少し悪女の顔をした。
「いいですわね。そうしましょう」




