第029話 なぜ…
毎日投稿継続中(29日目)
執筆完了しておりましたが、うっかり19時は過ぎてしまいました…
その場の空気が、一瞬で変わった。
エドガーが静かに問いかける。
「好きなのに、なぜ?」
ヴィエナは強く目を閉じ、そして再び彼を見つめた。
「私は……エムリット領の未来を守りたいのです」
「エドガー様と結婚すれば、今後の人生はさぞ楽しい事でしょう。でも、ウェルナー領に嫁ぐとエムリット領を第一に考える事が難しくなります」
「エドガー様がエムリット領にきてくださるのなら結婚したいですが…エドガー様もそうはいかないでしょう」
ヴィエナは心の底から本音をダニエルとエドガーにぶつけた。
エリザとロットは表情を崩さずヴィエナを見守る。
「……そうか」
エドガーは小さく笑った。
「君らしいな」
「僕も、ウェルナー領の人々の力になりたい。婿入りは出来ない」
エドガーは哀しそうな表情を浮かべるも、ヴィエナへの尊敬の気持ちが滲み出ている。
ダニエルが興味深そうに微笑む。
「なるほど、面白い娘だ」
「貴族の娘として、己の領地を守ることを第一に考えるか。それ自体は立派な姿勢だ」
ダニエルは満足げに頷く。
「だが、尚更お前の力をこのウェルナー領に迎え入れたいと思う。……他に条件はないのか?」
ヴィエナは一瞬迷う。
結婚以外で、ウェルナー領と関わりを持つ方法はあるのか?
だが、ダニエル公爵がここまで自分を評価している以上、何かしらの道はあるかもしれない。
「エムリット領とウェルナー領が正式に商業契約を結ぶのは、可能でしょうか?」
「ほう」
「婚姻ではなく、ビジネスとしての関係を築きたいのです。エムリット領の発展のために、ウェルナー領の商圏と提携し、相互の利益を生む形を取りたい」
ダニエルは少し驚いたように目を細める。
「なるほど、確かにそれは悪くない案だな」
「だが、婚姻以外でウェルナー領と正式な提携を結ぶなら、それ相応の信頼関係を築く必要がある」
「……?」
「エムリット領の娘が本当に商才を持ち、交渉の場に立つ資格があると証明してみせる必要がある」
「……試すというのですか?」
ダニエル公爵は真剣な眼差しで頷く。
「そうだ。ウェルナー領の市場において、何か一つ、目に見える成果を出してみせてくれないか?」
ヴィエナは息を呑んだ。
「具体的にどのような成果だと公爵様は納得しますか?」
ヴィエナの問いに、ダニエルは静かに頷いた。
「そうだな……具体的には、アルバート公爵家の商業圏を上回る何かを作り出せばいい」
「アルバート公爵家……?」
ヴィエナは一瞬考え、そしてすぐに思い当たる。
――そこは、かつて彼女が婚約していたアイクの実家でもある。
「アルバート領は、交易の要として栄えている。特に香料と織物の分野では、国内随一の市場を持っている。だが、私はそこに満足しているわけではない」
ダニエルの目が鋭くなる。
「ウェルナー領は、アルバート領に比べれば商業的な影響力はまだ及ばない。だが、私はこの領地をさらに発展させ、アルバート公爵家の力を超えるつもりだ」
ヴィエナの中に、静かに燃えるものがあった。
(アルバート領……元婚約者のアイク様がいる場所……)
(こんなありがたい機会、他にないわ)
(私の”復讐リスト”の一人……!)
婚約破棄されたことを、ただの過去にするつもりはなかった。
ならば――ここでダニエルの提案を受けるのは、ヴィエナにとっても大きな意味を持つ。
「――そのお話、乗らせていただきます」
ヴィエナは凛とした表情で答えた。
「アルバート公爵家を超える成果を、必ずやご覧に入れましょう」
ダニエルは満足げに微笑み、エドガーは驚いたようにヴィエナを見つめる。
(君は……本当にすごいな)
ヴィエナの挑戦が、新たな局面を迎えようとしていた。




