第028話 揺れる心
毎日19時に投稿を頑張ります(28日目)
ウェルナー公爵ダニエルの言葉が部屋に響いた。
「エドガーと結婚するのか?」
その問いに、ヴィエナは凍りついたように固まる。
エリザもロットも、思わず息をのむ。
エドガーに至っては、紅茶を飲もうとしていた手が止まり、カップを傾けたままの状態でフリーズしている。
「……え?」
ヴィエナがようやく絞り出した声は、困惑そのものだった。
「……いきなり、何をおっしゃっているのですか、公爵様?」
必死に冷静を保とうとするが、心臓が早鐘のように鳴るのを止められない。
「そのままの意味だ」
ダニエルはゆっくりと椅子にもたれ、ヴィエナを見つめる。
「エドガーはそろそろ結婚を考えねばならん年齢だ。貴族の男は家を支え、次世代を築く義務がある」
「そ、それは存じておりますが……」
「だが、私の息子は未だに結婚どころか正式な婚約者すら持たない」
エドガーが小さく咳払いをする。
「……父上、それは少し言いすぎでは?」
「何か反論があるのか?」
ダニエルの冷たい視線が向けられ、エドガーは視線をそらした。
「……いえ」
「ふむ」
ダニエルは満足げに頷くと、再びヴィエナを見つめる。
「そこで、だ。ヴィエナ嬢、お前はエドガーと結婚するつもりがあるのか?」
「私としても、ここまで才覚がある人間がウェルナー領に来てくれると嬉しい」
(な、何を言い出すの、この公爵様!?)
ヴィエナは思わずエドガーの方を見た。
「エドガー……?」
――その時だった――
エドガーが勢いよく立ち上がり、大きな声で言い放った。
「ヴィエナ嬢のことが好きです!」
——沈黙。
ヴィエナ、エリザ、ロット。
全員が言葉を失ったまま、エドガーを凝視する。
ヴィエナの顔が一気に真っ赤になった。
「え……?」
脳が理解する前に、顔が熱くなり、心臓が跳ね上がる。
(え? え? エドガー様が……私のこと、好き……?)
混乱の中、過去の記憶がよみがえる。
初めて出会ったとき、学園で蔑まれていた私に普通に優しく接してくれた。
私が商才を磨いて努力してきたことも、ちゃんと認めてくれていた。
医学を教えてくれた。
ルナを助けてくれた。
思い返せば、彼はいつも私を大切にしてくれた。
だけど、それが“好き”という感情だったなんて——。
「ヴィエナ嬢」
ダニエルが再び口を開く。
「お前はどうなんだ? エドガーと結婚しても良いのか?」
ヴィエナはぎゅっと拳を握った。
(たしかに……エドガー様と結婚できたら、私は今よりも良い暮らしができる)
(エドガー様は優しいし、もし彼が本当に私を愛してくれるのなら——)
少しの間、考え込んだ後、エドガーが静かに口を開いた。
「父上……返答は後日でもよろしいでしょうか?」
その言葉に、ヴィエナは小さく安堵の息を吐いた。
だが——
「時間がない。返事は今欲しい」
ダニエルは一切の妥協を許さぬ声で言い放つ。
「……!」
「お前の才覚が欲しい。だが、それはエドガーの妻としての立場があってこそだ。選択の時間は与えられん」
(そんな……私の人生の決断を、こんなに急かされるなんて……!)
再び部屋に張り詰めた沈黙が落ちる。
「で、どうなんだ?」
ダニエルはもう一度問いかけた。
ヴィエナの視界に、エドガーの姿が映る。
真剣な表情で、じっとこちらを見つめている。
(エドガー様……)
彼の気持ちは、嘘ではないのだろう。
そして、自分の胸に問いかける。
(私は……どう思っているの?)
長い間、傷を負った自分を見下して生きてきた周りの貴族の令嬢達。偽りの噂も流された。
そんな時、私を対等に扱ってくれたのは——エドガー様だった。
(私は……エドガー様のことが……)
ヴィエナは大きく息を吸い、目を閉じた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……私も」
静かな声だった。
だが、その言葉が持つ意味は、重く、そして確かなものだった。
「私も、エドガー様のことが好きです」
エリザが目を見開く。ロットも驚きに声を失っている。
エドガー自身も、一瞬だけ息をのんだ。
「……ほう、それは良かった」
ダニエルが満足げに頷く。
「ですが」
ヴィエナは続けた。
「エドガー様と……結婚はできません」




