第26話 おもてなし
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「エドガー様、す、すきです……!」
その言葉が口からこぼれた瞬間、ヴィエナの顔は一気に真っ赤になった。
(な、何を言ってしまったの……!?)
心臓が耳元で響くほど速く鼓動し、息が詰まりそうになる。
対するエドガーも、驚いたように目を見開いて固まっていた。
「あ、えと………」
彼の頬にもじわりと赤みが広がる。
沈黙が流れる中、ヴィエナは耐えきれず、顔を伏せて両手で頬を覆った。
「ご、ごめんなさい! その、急にこんなこと言って……!」
「……いや、謝ることじゃないよ」
エドガーは少し困ったように笑みを浮かべたが、どこか優しく、そして何かを考えているようだった。
ふと彼は視線をそらし、少しの間考え込む。
「それより……」
彼はもう一度ヴィエナの目を見据えた。
「改めて、明日ウェルナー領に来てくれないか? できる限りのもてなしをさせてほしい」
「わたくしを……おもてなし?」
「もちろん、エリザ嬢やロット殿もご一緒に」
エドガーはにこりと微笑んだ。
「どうかな?」
「行きます!」
ヴィエナは即答した。
エリザは静かに微笑み、ロットも小さく頷く。
「では、明日お待ちしている」
エドガーはそう言って馬にまたがり、そのまま去っていく。
その背を見送りながら、ヴィエナはふと、彼の最後の表情がどこか寂しげだったことを思い出した。
(……気のせいかしら?)
⸻
その夜
「エリザ、明日着ていく服なんだけど……」
ヴィエナはクローゼットの前で、楽しそうにドレスを選んでいた。
「ウェルナー領へ伺うのですから、格式を守りつつ、親しみやすさも大切かと」
「やっぱりそうよね……でも、可愛らしさも欲しいの」
「それでしたら、こちらはいかがでしょう?」
エリザが選んだのは、淡い藤色のドレス。
控えめなレースがあしらわれ、派手すぎず品のあるデザイン。
「明日が楽しみですね、ヴィエナ様」
「ええ、とても!」
期待に胸を膨らませながら、ヴィエナはそっと目を閉じた。
⸻
翌朝、ウェルナー領へ
「それでは、出発いたします」
馬車に揺られながら、ヴィエナは窓の外を眺めた。
心が弾む。
エリザも「楽しみですね」と微笑み、ロットはいつも通り冷静な表情を崩さなかった。
やがて、遠くに壮麗な城館が見えてくる。
馬車が門の前で停まると、衛兵が恭しく頭を下げた。
「エムリット領の皆様、お待ちしておりました」
ヴィエナは静かに頷き、案内されるままに城館の中へと進む。
美しく整えられた庭園、威厳を感じる石造りの壁、豪奢な装飾。
扉が開かれ、エドガーが穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
「やあ、ようこそ」
「お招きいただき、ありがとうございます、エドガー様」
その瞬間――
エドガーの後ろに、巨大な影が立ちはだかった。
(……っ!?)
「鋭い眼差し、まるで鎧のように鍛え上げられた体躯、そして、圧倒的な威圧感。」
全員、瞬時に理解した。
(これが……ウェルナー公爵……!?)
「エドガーの父、ダニエル・ウェルナー公爵だ」
「……!」
ヴィエナは驚き、思わず背筋を伸ばす。
「初めまして、ウェルナー公爵様。エムリット領のヴィエナ・エムリットと申します」
公爵は無言のままヴィエナをじっと見つめる。
いや、もはや“睨みつける”と言った方が正しい。
その眼差しは、まるで敵かどうか見極めようとする猛獣のよう。
「……遠路はるばるご苦労だったな」
声は低く、重く、地響きのように響く。
「恐れ入ります」
ヴィエナは礼儀正しく返したが、手に汗が滲んでいた。
エリザもロットも、一切言葉を発せず、ただ硬直している。
エドガーは一応微笑んでいたが、その目はどこか遠い。
「さあ、中へ」
ウェルナー公爵が言うと、周囲の空気が一段と張り詰める。
ヴィエナはそっとエドガーの袖を引いた。
「……あの、公爵様って……威圧感が……」
「そう思うのも無理はないかな……」
「父は元々、戦場でも恐れられていたほどの騎士だからね。こう見えても優しいところもあるんだけど……」
エドガーは苦笑いを浮かべ、ちらりと父の方に視線を向けた。
「想像してたのと……違う……」
お茶会を想像してワクワクしていたヴィエナたちだったが――
まるで戦場に送り込まれた兵士のような気分になっていた。
(えっ、おもてなしって……なにされるの……!?)




