第017話 決着…未来へ
毎日19時に投稿を頑張ります(17日目)
月の淡い光が、波間にゆらめく夜。海上に浮かぶ一隻の船の甲板では、粗野な海賊の声が冷たく、そして挑発的に響いていた。
「お前らの身につけてる物、奪ったらいくらになるだろうなぁ」
その声に、護衛隊長ロットは小声で呟いた。
「お嬢様、諦めましょう。皆殺しにするしかありません」
彼の声には、戦闘に踏み切る覚悟と、失望が混じっていた。
しかし、ヴィエナ嬢は、麗しい佇まいを崩すことなく、毅然たる面持ちで答えた。
「だめですわ。そんなことをしても、また新たな海賊が現れてしまいます。それでは、何の意味もありません」
その声は冷静でありながら、どこか温かい情けを感じさせた。
一瞬の静寂の後、ヴィエナは、薄明かりに照らされた海賊たちに視線を移す。
彼らの姿は、むき出しの現実を映していた。
荒れ果てた布の衣服、錆びついた武器、そして潮風にさらされ、無数の傷が浮かぶ肌。
誰もが、過酷な日々に苦しみ、生きるために血を流してきた証があった。
ヴィエナは、しかし説得力に溢れる口調で訴える。
「あなたたち、このままでは、やがて病に倒れ、力も衰えていくことでしょう。どうか、私たちと共に新たな道を歩みませんか?」
すると、横から一人の海賊が、苦々しい表情を浮かべながら問いかける。
「だから何だってんだ。貴族の言いなりになれってことか?」
ヴィエナは一歩前に出ると、厳粛な眼差しでその問いに答える。
「違いますわ。これは取引。私たちは安全な仕事を提供いたします。得た利益が、あなたたち自身の生活にしっかりと反映されるのです」
その瞬間、海賊たちの中に、わずかながらも迷いの色が走った。
粗野な言葉の裏に、彼ら自身の苦悩や未来への不安が、ひそかに潜んでいることを、ヴィエナは見逃さなかった。
夢見た安泰な暮らしが、今、彼らにも手の届くところにあるのではないかと…。
海賊の一人が、やや戸惑いながらも問い返す。
「……で、具体的にどんな条件なんだ?」
リーダー格と思しき男は、これまでの冷笑を捨て、真摯な表情で交渉に臨む態度を見せ始めた。
(少しずつ、話は進んでいる……)
ヴィエナは一呼吸置き、丁寧な口調で条件を述べ始める。
「エムリット家は、あなたたちが一部の沿岸地域で収穫したの産物を、責任を持って買い取らせていただきます」
「そして、真珠養殖場を設置いたします。その運営に際し、沿岸の警備と飼育をあなた方にお任せしたいのです」
「さらに、エムリット領内では、住まい、食料、さらには怪我に備える病院まで、すべて整備されております。私どもは、あなたたちを正式に雇い入れ、安定した収入をお約束いたします」
ヴィエナの言葉は、ただの提案ではなかった。
それは、これまでの血で塗られた海賊行為に終止符を打ち、未来への光を示す灯火であった。
荒れ果てた現状を変えるための、真摯な交渉の申し出。
海賊たちの目の奥に、かすかな希望の光が差し込む瞬間でもあった。
しかし、再び粗野な声が甲板に響く。
「何だそれ?全部奪った方が、金になるんだからやるわけねぇだろ、そんな取引」
ヴィエナの眼が鋭く光り、ついに感情がこみ上げるのを隠せなくなった。
「全て自分の事だけ考えるなんて、どうしてそんなにも哀れな生き方を続けるのですか?」
エムリット領の人々とヤニウス伯が、ヴィエナ嬢の怒りに内心凍りつく。
彼女の一言一言は、ただの説得ではなく、彼らの運命を変える叫びのように感じられた。
すぐに、ヴィエナは声を潜めながら、しかし鋭く問いかける。
「あなたの怪我は、誰が治すのでしょう?家族は、どうなるのです?今後の人生、その先に悲しむ人が、決していないのですか?」
その言葉は、冷たく荒々しい海風をも震わせるほどの重みを持っていた。
海賊たちの表情に、一瞬の動揺が走る。彼らもまた、心の奥底で愛する者や守るべきものがあるのだと、思い知らされたのかもしれない。
しばらくの沈黙の後、一人の海賊が、かすかに震える声で口を開いた。
「か、家族も連れて行って良いのか?」
さらに別の海賊が、控えめに呟く。
「おれにも、3歳の息子がいる……それに、病弱なんだ。そんな待遇、本当に受けさせてもらえるのか?」
ヴィエナは穏やかでありながら、力強い決意を込めた声で答える。
「もちろんです。新たな生活で、家族と共に笑顔で過ごせる環境を、エムリット領で整えます」
その瞬間、甲板上にいた全ての者が、一斉に声を合わせた。
「お願いします!」
「俺もエムリット領で暮らしたい!」
「俺も、俺も……」
「これから、ぜひお世話になります!」
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こうして、かつては血塗られた海賊行為に生きた者たちも、今や新たな未来へと歩み出そうとしている。
ヴィエナ嬢の一言一言は、厳かでありながらも、彼らの心に深い安堵と希望を呼び覚ましたのだ。
エムリット領が約束するのは、単なる住まいや仕事ではなく、再び失われた家族の絆、そして未来への光であった。




