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傷痕の令嬢は微笑まない  作者: 山井もこ
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第010話 辛いのは慣れてるはず…

毎日19時に投稿を頑張ります(10日目)


憂鬱な気分のまま、ヴィエナは馬車で学園へと向かっていた。


窓の外に広がる景色は、いつもと何も変わらない。

けれど、今日の彼女にとってはどこか色褪せて見えた。


(……やはり、お父様は許してくださらなかった)

昨夜のことを思い返し、ヴィエナは静かに息を吐く。


わかっていたはずだった。父が頷く可能性など、限りなく低かったことくらい。

それでも、どこかで期待していた。


もしかしたら……そんな淡い希望を抱いてしまった自分が、今はただ情けなかった。


(エドガー様に、何と伝えればいいのかしら……)

 そればかりが頭を占める。


悔しいわけではない。だが、胸の奥がひどく重い。

まるで、大切な何かを失ってしまったような感覚だった。


やがて馬車は学園の正門へと到着する。

扉が開かれ、侍女に支えられながら降りると、周囲の視線を感じた。


そして、聞こえてくる囁き声――


「また来たわよ、傷物の令嬢」

「どんな顔して学園に通い続けているのかしら?」

「きっと、必死なのでしょうね。これ以上、婚約者が見つからなくならないように」


そんな言葉が耳に入っても、ヴィエナは何も感じなかった。


(……どうでもいい)


いつもなら、どんなに冷静を装っても胸に鈍い痛みが走る。

けれど今日は、彼女の心はそれどころではなかった。


それほどまでに、エドガーと共に森へ行けないことがショックだったのだ。


(まずは……エドガー様に伝えなければ)


ヴィエナは学園の廊下を歩きながら、彼の姿を探した。


そして、書架の前で本を手に取る姿を見つける。


「……エドガー様」


思わず、そう呼びかけていた。


彼はその声に気づき、柔らかな微笑みを浮かべながら振り返る。


「ヴィエナ、薬草の件どうでしたか?」


その優しい声が、余計に胸を締めつける。

エドガーはきっと、少しは期待していたはずだ。


言葉を探して、一瞬口ごもる。

だが、ためらっても仕方がない。


「……やはり、私はご一緒できません」


静かな声でそう告げると、エドガーは小さく頷いた。


「そうですか……うん、そうですよね」


納得したかのような言葉。

だが、その一瞬、彼の瞳に寂しげな色が宿るのをヴィエナは見逃さなかった。


「父がどうしても許しませんでした。何を言っても、娘が森へ行くことなど考えられないと……」


そう絞り出すと、エドガーは「お父上らしいですね」と苦笑した。


「仕方ありません。また別の機会に……」


そう言いながらも、エドガーはどこか言葉をのみ込むようだった。


ヴィエナもまた、何か言わなければと思いながら、結局何も言えないまま沈黙が流れる。


「では、私はこれで」


エドガーは静かに礼をすると、そのまま去っていった。


彼の背中が遠ざかっていくのを見送りながら、

ヴィエナはぽつりと呟く。


「……また別の機会に、なんて…」


本当に、そんな機会が訪れるのだろうか。

なぜだか、それすらも分からなくなっていた。


昼休みになったが、外の庭で一人座っていた。


手元には食事が用意されていたが、食欲がまるで湧かない。

一口食べるたびに、喉が詰まるような感覚さえあった。


(……こんなことなら、いっそ何も期待しなければよかったのに)

俯きながら、フォークを置く。


そして、ふと顔を上げた瞬間ーー


視界の隅に、見覚えのある姿を捉えた。


(エドガー様……?)

無意識のうちに、彼を目で追う。


少し離れた場所、木陰に立つ彼は、誰かと話していた。


その相手は……


(……女性?)


柔らかく微笑むエドガーの表情。

そのすぐ傍で、楽しげに笑う令嬢。


彼女は名の知れた侯爵家の娘で、優雅で美しいと評判の貴族令嬢のマリーゼだった。


(何を……話しているのかしら)


自分には関係のないことのはずだった。

だが、気づけば胸の奥がざわめく。そして気になってしまう。


遠くから見ているだけなのに、何かが引き裂かれるような感覚。


(私は……何を考えているの?)

強くまばたきをしながら、目をそらそうとする。


けれど、なぜかできなかった。

 

視線は自然とエドガーへと向かい続ける。


次の瞬間、「私も好きですよ」

エドガーが相手の令嬢に伝えるのを確認した。

彼が楽しげに微笑み、相手の令嬢もそれに応える。


そんな些細な光景が、ヴィエナの胸を刺す。


(私と話していたときの、あの表情と……同じ?)


いや――それ以上に、穏やかで距離が近く、楽しげにさえ見えた。

(私は、何を期待していたの?)


自嘲するように笑おうとして、できなかった。

どこかが痛む。


自分でも理解できない感情が、胸の内を支配していく。


(まるで、私は……)


彼の微笑みを独り占めしたかったかのように。


それを認めることができず、ヴィエナは静かに目を伏せた。


心の奥底で、何かがゆっくりと動き始めるのを感じながら……。

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