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「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
夏の夜の林の中、高校2年の子玉金太は必死の形相で走っている。
元々オカルト好きで、今夜も1人、地元の廃ホテルへとやって来た。
そして…見た。
(あれはヤバい! ヤバすぎる!)
初めて行った場所ではない。
これまで訪れた時は何の怪現象も起こらず、それほど期待はしていなかった。
しかし、今回は違った。
階段を下りた地下1階の通路。
すさまじい雄叫びと共に動く、3mはあろうかという黒い影。
頭の部分に光る両眼が金太を見た瞬間、背筋が凍った。
失禁しそうだった。
それでも普段から鍛えたオカルト・メンタルをフル稼働し、すぐさま全力で逃げだした。
後ろを振り返る勇気はない。
廃ホテルを飛び出し、林の中を走った。
ペンライトを先に向ける余裕すらない。
月明かりを頼りに、木々の間の舗装されていない道を駆けに駆けた。
とにかく全力疾走した。
背後に気配はない。
廃ホテル近くのカッパ池に着いた。
ここも昔から、地元では有名なオカルトスポットだ。
江戸時代には、カッパと相撲を取った人も居たという。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
両膝に両手を突き、荒い呼吸を整えた。
心臓は高鳴り、半袖Tシャツ短パン姿の全身が、汗びっしょりだ。
額を拭い、恐る恐る振り返る。
すぐそこに、ピンク色のカッパが立っていた。
「「ぎょえーーッ!」」
共に驚愕した金太とピンク・カッパが、同時に尻もちを突く。
「あわわ! カ、カッパ!」
「あわわ! に、人間!」
2人が指し合う。
「いや、お前はこっち向いてただろ!」
「ああ! そっか!」
カッパが、ポンッと手を打った。
よく見れば、まつ毛が長くて、ちょっとかわいい。
どうやら、雌のようだ。
先ほど廃ホテルで見た黒影と比べるまでもなく、まったく怖くなかった。
「な、何だ、お前は!?」
「お前、お前って、レディに失礼じゃない?」
カッパが、ムッとする。
「アタイはカッパトキアのカパ美」
「カ、カパ美!? カッパトキア!?」
「カッパの国よ。知らないの?」
「知らない…」
金太を見つめるカパ美の瞼が、パチパチッとしばたく。
「そう…じゃあ、仕方ないわね。アタイはカッパトキアから、この世界に来たのよ」
「別の世界なのか?」
「ええ。あなた、人間でしょ?」
「ああ。お前…カパ美の世界に人間は居ないのか?」
「居ないわ。伝承には出てくるけど」
どうやら、こちらとは逆の状況のようだ。
「アタイは悪霊に取り憑かれたパパを追って、この世界に来たの」
「悪霊!?」
「そう、悪霊」
「………」
矢継ぎ早に怪現象が起こり、金太はパニクっている。
(黒い怪物の次はカッパ…)
そこで、ハッとした。
「そうだ、怪物!」
「怪物?」
カパ美が眉間を寄せる。
「でっかい、黒い影!」
「どこで見たの!?」
カパ美が、金太の両二の腕を掴んだ。
「この先の廃ホテルだよ」
金太を放し、カパ美がそちらに歩きだす。
「ちょっ、待てよ!」
金太は慌てた。
「どうすんだよ!?」
カパ美が足を止めた。
振り返る。
「その怪物…きっと、パパよ」
「パパ!? あの黒い影が!?」
「ええ。悪霊に取り憑かれたパパ。だから、行かないと」
「行ってどうする!?」
「戦うの。そして、悪霊からパパを取り戻す」
カパ美の顔は真剣だ。
「戦う? あんなのと!?」
「大丈夫。アタイには、これがある」
カパ美が、右手首の青いブレスレットを見せた。
「何それ?」
「カッパ・ド・ギア。アタイの家に代々伝わるアイテムよ。ピンチの時は装着…」
「装着…?」
「出来る…はず」
カパ美の表情が曇った。
「出来るはず…って、ホントに大丈夫なのか?」
金太は心配になってきた。
立ち上がり、カパ美の傍に寄る。
「分からない…でも、行かないと。パパを助けるの」
カパ美が、再び歩きだした。
その後ろ姿を、金太は見つめる。
「ああー!」
叫んだ。
驚いたカパ美が、また振り返った。
金太が走り、カパ美の横を通って、前に出る。
「あんた、どうしたの!?」
「おれも行く!」
「バカ! すごく危険なのよ!」
「それでも…」
金太は表情を、キリッと引き締めた。
「女の子を1人で行かせられないだろ!」