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85 証拠

「さて、いよいよ大詰めになって参りました。今までの推理によって、地下室に凶器があったことから、琴音さん、村上隼人君、滝川真司君は容疑者から省かれます。また、足のサイズから、淳一さん、吟二さん、蓮三さん、井川哲彦さん、村上隼人君、滝川真司が容疑者から省かれます。蓮三さんの関係から、由美さん、真衣さん、長谷川瑠美さんが容疑者から省かれます。そして、蓮三さんの鞄を間違えたことから、稲山さんも容疑者から省かれます。そして、麗華さんは村上隼人君が線香をあげている時に、我々と一緒に和室にいました。まさにこの時に、応接間において、村上隼人君と蓮三さんの鞄が接近したのでありますから、犯人が毒を入れたのはこのタイミングだと思われます。つまり、麗華さんにはアリバイがあったことになるのです。そうして考えてみますと、赤沼家の関係者でこの犯人像とぴたりと一致するのは、早苗さん、あなただけなのです……」

「そんなもの、証拠にはなりませんわ……」

 早苗夫人は震えた声で呟いた。

「全て想像を組み合わせただけに過ぎませんわ……」

「証拠は、アトリエのスイッチです……」

「アトリエのスイッチ……」

「この資料をご覧ください」


           *


入口のドアノブ(外側)

 ……重五郎、稲山、麗華、早苗、吟二、吟二(裂傷)

入口のドアノブ(内側)

 ……重五郎、稲山、早苗、淳一、吟二、吟二(裂傷)

電灯のスイッチ

 ……重五郎、稲山、早苗、淳一、吟二(裂傷)


           *


「これを見て、重五郎さんの指紋がついているのは当然のことです。また、稲山さんの指紋は死体を発見した時のもの、麗華さんの指紋は稲山さんの後方から死体を発見した時についたもの、淳一さんは午後一時頃にアトリエに訪れた時のもの。アトリエに入る時だけ、手袋をつけていた為に外側のドアノブには指紋はありません。そして、吟二さんの指紋は、傷のついていないものは午前八時頃のもの、そしてもうひとつの傷がついている指紋は、午後三時頃のものです。わたしがおかしいと思ったのは、なぜ電灯のスイッチに、吟二さんの傷のついていない指紋が残っていないのかということでした。吟二さんはちゃんと人差し指でスイッチを押したと言っていました。そして、わたしはスイッチに吟二さんの指紋がないのがおかしいのではなく、吟二さんの指紋がないのにも関わらず、スイッチに早苗さんの指紋が残っていることの方がおかしいのだと気づきました」

「どういうことだ、わかりやすく説明しろ」

 根来が不満げに言う。


「つまり、吟二さんの指紋がない以上、このスイッチは誰かによって拭き取られたことになるのです。わたしには思い当たる節がありました。事件の起こる十日前、アトリエには琴音さんが訪れました。重五郎さんは、早苗さんとアトリエで会う前に、琴音さんの指紋を消しておいたのではないでしょうか。一体、何が起こるかわからない。もしも、早苗さんの話し合いの結果、刑事事件になるようなことがあった時、死んだはずの琴音さんの指紋が現場から出てきたら、今までの苦労は水の泡です。そこで、重五郎さんはアトリエにある琴音さんの指紋をすべて消しておいたのです。ドアノブは、すぐに拭いておいたのでしょう。だから、ドアノブからは吟二さんの八時頃の指紋がちゃんと検出されたのです。しかし重五郎さんは、午前八時頃にアトリエで吟二さんと会った後に、電灯のスイッチを拭くことを忘れていたことに気づいたのでしょう。そして、重五郎さんは電灯のスイッチを拭いた。その時に指紋は消えたのです。まあ、これはひとつの想像に過ぎませんが、吟二さんの指紋が消されていることから、スイッチは午前八時以降に拭き取られたものとみて間違いありません。すると、そのスイッチに早苗さんの指紋があるということは、早苗さんは事件の前夜にアトリエを訪れただけと仰るが、本当は、事件当日の午前八時以降にアトリエに訪れていたことになるのです。そればかりではない。早苗さんは事件当日の朝、午前六時に家を出て高崎に出かけました。そして、早苗さんがこの邸宅に帰ってきたのは午後六時頃だったのです。つまり、早苗さんは午後六時以降に殺人現場にいたのです。それを、早苗さんはずっと偽っていたのです……!」

 早苗夫人は、じっと黙って聞いていた。しかし、もう逃げおおせないと思ったのだろうか、伏し目がちで、しばらく沈黙していたが、すっと顔を上げて、祐介の瞳を見つめると、

「探偵さん。素晴らしい推理ですわ……劇にしたいぐらい……でも、あなたの推理は冷たすぎますわ……事件を解決してしまえばそれで済むと思っているみたいに……氷のように……冷たい答え」

 と呟いて、まったく予想外の素早さで、背後にあった扉から廊下に飛び出そうとした。


「あっ、まて!」

 根来が慌てて、早苗夫人に飛びかかろうとすると、母親思いの吟二が、夢中でそれを遮ってきて、根来はまたしても吟二と揉み合いになった。

「また、お前か。 離さんか!」


 根来が吟二を力づくで押し倒して、扉の外の廊下に飛び出し、玄関へ駆けてゆくと、窓の外で、早苗夫人の車が音を立てて走り出したところであった……。

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