72 指紋の問題
祐介は、このようにして容疑者たちの足のサイズを知ると、自分の推理により自信を持ったようであった。祐介は満足すると、ひとまず民宿に車で戻ることにした。
祐介が民宿の階段をのぼり、二階の部屋に入ると、二十歳くらいの孫娘と英治が呑気にトランプで大富豪というゲームをしていた。祐介はやれやれと思いながら、ふたりを通り越して、畳の上に座り込むとそのトランプの投げ落とされたテーブルの上をまじまじと見つめていた。
「祐介もやるかい?」
と英治が祐介の顔色を窺いながら言うので、祐介は小さく「いや……」と呟いて、それ以上語らなかった。
「捜査は順調に進んでいるのかい?」
そう言って英治はトランプの九のカードを二枚テーブルの上に置いた。孫娘は、へっと鼻で笑って十のカードを二枚そこに重ねる。
「雪の密室トリックに関しては解けたよ……」
「なんだって……」
その途端、英治はトランプなんてどうでもよくなってしまったらしく、手札をぽんとテーブルの上に置いて祐介の方を向いたので、孫娘はつまらなそうに口を窄めると、しばらく英治を睨んでいた。
「それじゃ麗華さんにもすぐに伝えてあげないと……」
その言葉に、孫娘は不快そうに眉をしかめる。
「まだ確定した話ではないよ。それに肝心の犯人を特定し、決定的な証拠を入手しないといけない……」
そこで孫娘はふうとため息をつくと、自分の手札を放り出すと立ち上がった。もうお開きという感じだ。
「ごめんごめん」
英治はそう言いながらも両手でトランプを片付けはじめた。
「これから捜査はいよいよ大詰めになるだろう。英治、君もついてきてほしい。君だって麗華さんのことを思えば、こんなところでじっとしていられないはずだ」
「それはそうだ……」
祐介に麗華への気持ちを見透かされているように言われて、英治は少し恥ずかしくなりつつも深く頷いた。
「ついに犯人に王手をかける時が来たんだ……」
そういう祐介の表情はとても精悍であった。
*
祐介と英治は、殺害現場であるアトリエの指紋についての正確な情報を知りたいと根来に伝えていた。そこで根来は、祐介から求められていた通りに殺害現場の指紋についての情報をまとめた資料を用意して、警察署で待っていた。
祐介と英治は日頃から民宿の車を好き勝手乗りまわしている。この日も、資料を受け取る為にふたりは車で警察署に向かっていた。
雪のかかったような山並みが美しい道を車で飛ばしてゆく。
「しかしどう犯人を追い詰めるつもりなんだ……?」
そう尋ねる英治に祐介は、あまり多くを語ろうとしない。彼はただ助手席で美しい山並みを眺めている。英治は祐介のその横顔が不思議と悲しそうなことに気が付いた。
(一体、祐介には何が見えているんだ……?)
英治にはそれがまるで分からなかった。
ふたりが警察署に到着すると、赤沼家殺人事件の捜査本部の前で根来が待っていた。
「こんなもんだが……」
根来はふたりを個室に招き入れると、そう言って細かく指紋の情報が記された紙を祐介に手渡した。その中で祐介が特に注目したのはアトリエの入り口のドアノブと電灯スイッチの指紋であった。
*
入口のドアノブ(外側)
……重五郎、稲山、麗華、早苗、吟二、吟二(裂傷)
入口のドアノブ(内側)
……重五郎、稲山、早苗、淳一、吟二、吟二(裂傷)
電灯のスイッチ
……重五郎、稲山、早苗、淳一、吟二(裂傷)
*
これを見たとき、すぐに祐介はあるところが引っかかって、
「この吟二さんの(裂傷)と記されているのは何ですか?」
と根来に尋ねた。
「これはまあ人差し指の指紋なんだが、吟二さんが事件の起こった日の朝に少しギターを弾いたら弦が切れて、人差し指の腹を傷付けてしまったらしい。その傷痕のある指紋はこのように裂傷とカッコ書きしたんだよ……」
「なるほど……」
祐介は少し気になる様子であったが、ともかく、その紙をじっと見つめていた。この紙にはいくつか奇妙なことが書かれていた。先ほどの話にしたがえば、裂傷と書かれていない吟二の指紋はつまり、ギターの弦が切れて怪我をする以前のものということになるだろう。
「これだけの指紋が、スイッチにはっきりと残っていたということは、このスイッチは、普通のものよりも面積の広いものなのですか?」
「ああ。指で押す部分が広くて、平べったい形状のしっかりと指紋が残るものだったよ……」
「なるほど、どうやらもう少し確認したいことがでてきましたね」
「なんだ……?」
「いえ、後で自分で確認したいと思います」
「うん……?」
自分の考えていることをなかなか明かさない祐介に、根来は少しばかり不満に思った。
「それとお尋ねしますが、稲山さんから救急と警察に通報があったのは、正確には何時ですか?」
「確か、午後九時十分だったな……」
と根来が答える。
「なるほど。食堂の時計には狂いはありませんでしたか?」
祐介はかねてから気になっていたことを尋ねた。
「そりゃあ無かったさ。あの時計が狂っていたら、やつらの食堂にいたというアリバイはほとんど無いものになっちまう。勿論、この目で確かめたよ。それに、その線のトリックを疑ってるんなら、稲山や麗華さんの身につけていた時計、厨房の時計、そして淳一や吟二の時計も同様の時刻に狂わせなきゃならんでしょ? そんなことはとてもできんよ……」
と根来は今では完全にため口で祐介と会話していた。次第に彼にとって祐介が親しい人物となってきていたのである。
「それは確かに不可能ですね」
「ええ、不可能だよ。だから困ってるんだよ……」
根来はやれやれといった顔で言った。しかし祐介はなにかを考えている様子だった。




