69 羽黒祐介の閃き
そうして羽黒祐介が、琴音の話を腕組みをしながら静かに聞いている時であった。まさに今、琴音の話の中から、あるひどく風変わりな思いつき、それこそ、事件の最も驚くべき真実というものが、突如として顔を出したのであった。
祐介はあまりのことに自分の思考回路というものを完全に疑った。
ところが、その思いつきというのが、どうも真実らしいということは、その推測を考え進める内に、一連の事件の、さまざまな不思議な事柄の説明が上手くつけられていくことによって、結局のところ、これこそ最もつじつまの合う真相であることが、次第に確信となっていったのであった。
まったく、この琴音という証人がいなければ、このような思いつきは想像することもできなかっただろう。祐介は、この思いつきが果たして正しいのか、それも誤りなのか、早く確かめたい気持ちにかられた。それでも、琴音から聞き出したいことはまだいくつもあった。根来は、彼女のアリバイを確認したいだろうし、犯人に心当たりがあるか聞きたいものだろう。
たが、祐介にはそんなことをしている時間はないように思えた。もう、事件の核心というものが推測され、真犯人が推測された今、果たして、それが合っているのか、間違っているのか、その詰めをしたいという気持ちが込み上げてきたのである。
この事件の全貌が、次第に明らかになってくる。祐介は、居ても立っても居られなかった。
「あなたは金剛寺で、村上隼人と会ったその時に逃げ出したそうですが、それは何故ですか?」
根来の事情聴取は、祐介の思考回路とは関係なく続いている。
「わたしが生きているということはこれまで絶対の秘密でした。父が死んでからも……です。わたしは影法師のようでした。わたしはいつ自分の姿を現して良いものかわからなくなってしまいました。そして、隼人さんに会った時も、自分という存在がいきなり他人に露見したことが、恥ずかしく、そしてひどく恐ろしいことに感じられました。大変なことになってしまった、という気持ちでわたしはその場からただ逃げ出したんです」
祐介はその影法師という言葉が引っかかった。その言葉の意味を脳内で探り続ける。
「その気持ちで、今回も、山の中に逃げ込んだのですかな?」
と根来はさらに尋ねる。
「わたしは一年前に死んだ人間として影を潜めていました。わたしはただ太陽が、眩しいのが恐ろしかったんです。日の光に当てられることが、そして世間の注目を集めることが、それによって起こる人の騒めき、湧き起こる悪意に満ちた憶測に触れることが、そして死んだはずのわたしが隼人さんと再会するということが、どれほど恐ろしく狂気じみて感じられたことか。わたしの今までの人生において、そんな瞬間は一度もなかったのですから……。わたしがどれほど、このことが恐ろしかったのか、おそらく、刑事さんたちには想像もつかないでしょう……」
「まあ、何となくは分かるが……つまり大変だったんだな。それで、あなたはアリバイはあるのですか……?」
と根来はあまりにも文学的な言いまわしをされたので、理解が追いつかなかった。
「ありません……」
「ふむ……それで犯人に心当たりは……?」
「ありません……」
琴音の様子は、意識して喋ろうとしていないだけのように祐介には思われた。しかし、その口を開かせるのは並のことではないように思われた。
「羽黒さん、どうしますかね。彼女、赤沼家に帰らしても良いのですか?」
根来は眉を吊り上げて、困ったような、何とも言えない微妙な表情で、祐介の方を向いた。
「この騒動が収まるまでは、赤沼家の人々には会わせないほうが良いでしょう。それよりも、その秘密の地下室というのが少し気にかかります。ひとつ、床を開いて、中がどうなっているか見てみようじゃありませんか」
そのように語る羽黒祐介の目は爛々と輝いていた。
「なるほど、それは名案だ。で、どこにあるんです。その秘密の地下室に通じる床っていうのは……」
「わたしの……一階の部屋の中です……」
「琴音さんの部屋ですね」
「ええ、わたしの部屋は二階と一階に一つずつありました。琴音と鞠奈のふたりで使い分けておりました。これは不自然なようにも思えますが、赤沼家の本邸には余るほど、部屋がありましたから。鞠奈と二人一役をする回数が増えて、父が二階の部屋を与えてくださったんです」
「早速行ってみましょう……。その一階の部屋に……」
根来のその言葉に、祐介は黙って頷いた。
このようにして、重五郎と蓮三を殺害した真犯人に、祐介が王手をかける瞬間は、刻一刻と迫ってきていた……。




