65 根来の興奮と緊張
赤沼琴音と村上隼人はその後にふたり共に下山して、赤沼琴音は警察署で事情聴取を受けることとなった。その事情聴取には、根来、粉河の他に、羽黒祐介も付き添った。
赤沼琴音は椅子に座って、三人を前にして、少しばかり瞳が爛々としているようであった。それもそうだろう。これほどまでにエキサイティングな一日も珍しい。実際に彼女はかなりエキサイトしたと言えるだろう。
根来は、琴音が犯人だと確信していたため、何やら一人だけ、事件がついに解決したかのような自信に溢れていて、それが周囲とのひどい温度差となっているように見えた。
「琴音さん……まさか生きていらっしゃったとは驚きです……しかし、今までどこにどうしていらっしゃったのですか……」
根来は十歳ほど若返ったように、まさに獲物を前にした猛虎のように、そのまなこをぎらぎらと輝かせていた。
「この一年間は、埼玉の大宮に住んでいました」
「何という名前で」
「大野宮子という名前を名乗っていました……」
「略すれば大宮……。確かに偽名らしいですな……。偽名だというのはばれなかったのですかな」
「そこは事情のある物件で、大家さんがあまり詮索しないで貸してくれたんです」
「保証人は誰だったのです」
「父が……」
「なるほど……。するとあなたは重五郎さんとはずっと会っていたわけですか」
根来は、そこにどんな秘密が隠されているのか、強烈な興味を抱いている様子だった。テーブルに置かれた根来の拳は小刻みに震えていた。
「ええ……」
「色々、お話を伺いたいですね。一年前のあの日から今日に至るまで……。いえ、できることなら、鞠奈さんの自動車事故があった頃の話から……」
「わかりましたわ……全てをお話しします。ですが、このことは赤沼家の人々には秘密にしておいてほしいんです。このことを軽々しく話してしまっては、父が長年この秘密を守り続けた意味もなくなってしまうというものです」
そういうと琴音は、ふっと悲しげに瞼を閉じ、父親のことを思い出している様子だった。
「それは勿論……、赤沼家の人々には慎重に……充分な配慮をするつもりです」
「わかりました……」
赤沼琴音は、すっと夢を見てまどろむような美しい表情を浮かべて、かつての記憶を探った。全てが昨日のことのように思い浮かんでくるのであった。
「その前にひとつお聞きしてもよろしいですかな……」
根来はじっと琴音を見つめた。
「あなたは誰ですかな」
「わたしは……」
少女はじっと考えているようであった。そして、
「……赤沼琴音です」
と答えた。今までそう答えてきたように……。
赤沼琴音なのかどうかはわからない。しかし、本人が言うことに従って、今後も琴音という名前で呼ぶこととしたい。たとえ、鞠奈だとしても、彼女は赤沼琴音として生きていた時間の方が長いことになるである。その真偽を解き明かすのはまだおいておくこととしよう。
「あなたは赤沼琴音だった……では鞠奈さんは、いつ亡くなったのですか……十五年前の自動車事故ですかな……」
「鞠奈が死んだのは、一年前の夜のことです」
「あのバルコニーの鉄柵から……?」
「ええ……」
「そうですか……」
根来はこの事実をどう考えてよいのかわからなかった。いったいなぜこんな不思議なことが現実に起こってしまったのか。勿論、根来は赤沼琴音犯人説を正しいと思っている。しかし、もしも彼女が犯人でないとしても、犯人のことを知っているかもしれない。どちらにしても、この事件の真相が今、明るみに出ようとしているのである。
根来は、冗談を抜きにして、冷え性ではなく武者震いしていた。それほどまでに根来は、緊張と興奮の坩堝の中にいたのである。




