46 毒を入れたのはいつか?
第二の殺人についても、根来は分からないことだらけであった。そもそも蓮三の鞄の中に入れられていた手紙の言わんとしていることがいまいち不明確な感じがした。
そもそも犯人はどうやって鞄の中にあった煙草に青酸カリを塗ったのだろうか、そしていつあの手紙を鞄の底に隠したのだろうか。
ところが蓮三の鞄が今までどこにあったのか、いつ煙草の箱が開封されたのかということについては、確かな情報が一向に出てこなかったのである。
ただ多くの人の推測で共通しているのは、蓮三の鞄はずっと蓮三の部屋の中に置かれていたのだろうということである。
そして、村上隼人が訪問した時には、応接間の片隅に置かれていて、村上隼人が帰った後に蓮三はそれを持って金剛寺に出かけたということだけは明確なのである。その金剛寺で蓮三が鞄をどのようにしていたか、これがまた判然としない。
この時、蓮三は僧侶と初七日の法要について少しばかり相談をしたという。住職の鈴木好乗によれば、その時の蓮三の様子におかしなところは微塵もなかったという。他の僧侶も同じようなことを言っていた。
根来は頭をかき回しながら、そうだと思い立って、山道で車を飛ばすと、羽黒祐介の泊まっているというオンボロ民宿に向かった。
民宿にたどり着くと根来は早速、ひどく腰の曲がった老婆に迎えられて、二階の羽黒祐介と室生英治の部屋に案内された。
襖を開けると、羽黒祐介はただひとり低い机の向こうにあぐらをかいて、ノートを広げてにらめつけていた。室生英治の姿はなかった。
「羽黒さん、お客さんですよ」
「ああ、根来さん、どうされたのですか」
祐介は老婆に呼びかけられて、ようやく根来に気づいて笑顔を作った。
「どうもこうも、お手上げですよ」
すると背後の老婆。
「今、お茶をお持ちしますから、他に何もお出しできませんけど……」
「トミさん、大丈夫ですよ。まだお茶こんなに残っていますから……」
と祐介は机の上の急須を持ち上げる。まだずっしりと重さを感じさせる持ち方である。
「そうですか、それなら良かった……ほんとにすみませんねぇ。お出しするものがなくて……」
「いえ、お構いなく……」
根来は遠慮深く頭を下げた。
「下にお饅頭があったかもしれません……見てきますね……」
「いえいえ、本当に大丈夫ですよ、トミさん」
このトミさんという人は祐介の声がよく聞こえていないのか、さっさと廊下に出て階段を降りて行った。
「ずいぶん居ついていますね」
根来はどしりと畳に腰を下ろすと、ぼそりと感想を述べた。
「ええ、車も貸してもらっているんです。それにあの人の孫の娘さんもよくここに遊びに来るんです」
「孫の……。それはまた騒がしいことでしょう。可愛らしいでしょうけど」
孫というから二十歳の女性とは夢にも思わず、幼稚園児くらいの少女を根来は想像した。
「いっそのこと、ここに永住したいですね、空気はよいし。排気ガスと酔っ払いばかりの池袋を離れて、それは冗談ですが……」
祐介は軽い冗談を言ったつもりかもしれないが、先ほどまで事件のことを考え込んでいたせいで表情はひどく硬かった。
「室生さんは?」
「さっき、トミさんのお孫さんと今晩の夕食の買い出しに行きました」
「そうですか……」
人の家の幼稚園児を連れて買い出しに出かけているなんて、なんていう探偵助手なんだ、と思うと、根来はなんと言ったら良いのか分からなくなって黙してしまった。今はそんな悠長なことをしている時ではないだろうという気がした。根来は気を取り直すと、事件について話し始めた。
「それで事件についてなのですが……」
「ええ」
「蓮三の鞄の中に毒入りの煙草を入れるチャンスなんて誰にでもあったと思うのですよ。すると、ここから容疑者を絞るというのは思ったよりも難しい……」
「そうですか……しかし、村上隼人君にも可能でしたか?」
「村上隼人ですか。彼が訪問した時には、蓮三の鞄は応接間の片隅に置いてあったそうなんです。我々が見ている中では鞄に近づいた様子はなかった」
「ふむ……村上君は訪問時、我々の監視下にありましたからね。しかし、我々の知らないところで蓮三さんと村上君は接触していたのかもしれませんね」
「そうでしょう。だからお手上げだと言ったんですよ」
根来は眠そうに目をこすって、疲労感たっぷりの深いため息をついたのであった。




