41 村上隼人登場
翌日の朝十時半に、羽黒祐介は室生英治と共に赤沼家の邸宅に訪れた。
村上隼人は、この日の午前十一時にこの邸宅に姿を現わすことになっていた。そして、間もなくその時刻になろうとしていた。この時、赤沼家の人々と根来警部を初めとする警察官数名と祐介たちが、すでに玄関ホールに待機していたのである。
赤沼家の人間もみなソワソワと落ち着かない様子であった。村上隼人は自分たちを殺そうとしている怪人なのか、それとも本当に潔白なのか、今はそのどちらとも答えを出せずにただ重苦しい空気のなか沈黙するのみであった。
根来警部はもう犯人を捕まえるような気持ちになっていて、鬼のような凄まじい形相のまま玄関に仁王立ちで立ち尽くして、村上隼人を待っていた。
その時、玄関のベルが鳴った……。
根来はさっと後ろを振り返って、赤沼家の人間の緊張した面持ちを確認した。そして、根来は黙ったままゆっくりと玄関のドアを開いたのである。
根来の汚れたトレンチコートの後ろ姿に隠れてはっきりとその姿は見えないが、確かに外に誰かが立っているようであった。
「村上隼人だな……?」
根来は相手の名前を確認すると、さっと体を横によけた。そしてこの時、祐介は初めて村上隼人の顔を見たのである。
そこには村上隼人が立っていた。身長は標準的と言えるだろう。問題なのはその顔である。祐介は未だかつてこれほどの美青年を見たことがなかった。いや、その純粋さな面影からいえば、彼はまだ美少年といっても良いほどに若々しく瑞々しいのであった。村上隼人は確か二十四歳だったと記憶している。だが実際には、それよりも五つは若く見えるのであった。それ以上に奇妙なことには、彼の美貌にはどこか暗い影があった。どこかひどく病的なのであった。どこかその顔には不幸に満ち溢れているように、祐介には感ぜられてくるのであった。
「こちらへ」
一同は応接間に移動した。
赤沼家の人間は食い入るように、ソファーに座っている村上隼人のことを見つめていた。
村上隼人は初め何も語らずに、黒い手提げ鞄から一本煙草を取り出すとそれを吸っていた。
しばらくすると、彼は静かに語り出した。
「僕が疑われているのは承知しています。刑事さんが僕の実家に来て、僕の居場所を躍起になって探しているのも……。そればかりか、先日、そこの麗華さんが僕の知り合いのひとりの家に僕宛の手紙を送ってくださったので、事件の概要もよく理解しています。僕がここに来たのはひとえに麗華さんからの助言によるものなんです」
麗華は驚きに満ち溢れた視線を一斉に浴びた。祐介もこの事実は知らなかった。突然、村上隼人が赤沼家に訪れるきっかけをつくったのはなんと麗華だったのである。
麗華は、自分にできることをずっと模索していた。そのひとつの解答がこの村上隼人に宛てた手紙だったのである。
「すみません。麗華さん。でも、あなたからの手紙のことを隠したままでは、これから僕の喋ることは、とてもこの人たちには信じてもらえそうもありませんので……。麗華さんは、僕が警察に疑われて、その嫌疑から逃れる為にどこかに潜伏しているのだと思っているようでした。それは間違いではありません。ですが、そもそも琴音が死んでからというもの、この赤沼家に僕は近づきたくはなかった。琴音のことを、その記憶を今さら掘り返してほしくはなかった。だから、僕は誰とも連絡のつかない遠いところにいたのです。ただ信じて頂きたいのは、連絡が取れなかったのはそれだけが理由ではなくて、僕は以前の職場はもう辞めてしまって、今は風来坊のカメラマンをしているのですから、連絡を取ること自体がもともと難しかったのだと思います。麗華さんは、犯人でないならみんなの前でそのことをはっきりと言うべきだと手紙の中で仰っていたので、僕はその言葉を信じて、この場に現れる気になったのです」
隼人はしみじみとそう言って、煙草を灰皿に置くと、
「皆さん、僕は重五郎さんを殺した犯人ではありません。なぜならば、警察の方はすでに調べられていると思いますが、殺人予告状が置かれた日に僕は京都にいました。そればかりではなく……」
隼人はじっと麗華を見据えて言った。
「重五郎さんが殺された大晦日の夜にも、僕はやはり京都にいたのです。そして、京都には僕のアリバイを証明してくれる人がいます」
隼人はそう言うと、また煙草を吸って白い煙を宙に吐いたのである。




