34 羽黒祐介と根来警部
羽黒祐介は赤沼重五郎の殺人事件について麗華と一通り話しあったが、自分が千葉と京都で掴んだある重大な事実ーーつまり琴音には鞠奈という妹がいたという事実ーーについては完全に伏せたまま、話を済ませ、赤沼家の邸宅を後にした。
というのは、麗華は鞠奈の存在をまったく知らないようであったからである。自分にこの歳になるまで存在すらも知ることのなかった実の姉がいたことなど、赤の他人である自分が軽々しく語って聞かせるべきではないという人並みの配慮から、祐介はこの時、鞠奈の存在を一言も麗華に教えなかったのである。
この日、麗華が語ったことから、祐介は大晦日に赤沼家で起きたおおよその事実を知った。
稲山からの話によって、根来警部という人物が村上隼人を疑っていることも、赤沼家の人間には伝わっていたという。
おおよその事件の概要を知り得た羽黒祐介と室生英治は、赤沼家の邸宅を後にして、その足で地元の警察署へと向かった。そこには今回の赤沼家殺人事件の捜査本部が設けられていたのである。
羽黒祐介が自分の名前を名乗ると、間もなく、根来警部が面会に現れた。
呼び出された根来警部は、五十代くらいの厳めしくたくましい男で、その凛とした顔からは厳しさと哀愁が入り混じって感じられる。根来は幾分、不機嫌そうな仏頂面で現れた。
群馬県警の虎などと恐れられている刑事とは一体、どんな人物だろう、と祐介も興味津々であった。
根来は、いかにも飛びつきそうな目つきで宙を睨んでいたが、祐介を見ると、ええっと二歩ほど引き下がった。
「あなたがあの羽黒警視の息子さんの羽黒祐介探偵ですか……」
根来は祐介の予想以上に若い見た目に驚いたらしく、目を見開いてまじまじと見つめていた。
「羽黒です」
祐介は目の前の猛虎に威圧されないように非常に冷静な口調で返す。
「ええ、それではそこにお座りください。いえね、こちらからお伺いしようと思っていたところなんですよ。おっと、名乗り忘れましたな。私は群馬県警の根来と申します。……いや、こちらの手間が省けましたよ」
根来は名探偵の登場とあって、幾分、緊張した面持ちである。
「それはどうも。それでどうですか、捜査は順調なのですか」
「ううん……あまり言いたくありませんが、早くも暗礁に乗り上げましたよ」
と根来は具合悪そうに呟いて、腕組みをする。
「そうなんですか?」
「いえ、まず容疑者の村上隼人のやつがどこかに外出したっきり連絡が取れないんです。そうなるといかにも怪しいですが、それがそいつのいつものことらしいんですよ」
根来は頭をぽりぽりとやる。
「それでは、別に暗礁に乗り上げているわけではないじゃないですか」
「まあね、どこかで見つかれば話は早いんですが……。それと滝川真司という男も怪しいと思っていたのですが、こいつは今、京都に住んでいるらしいので、どうもこの線も薄いかなと思えるんですな」
「滝川真司さんなら二日ほど前に京都で会いましたよ」
根来はギョッとした様子で祐介の顔を見つめ直した。
「もう会ったのですか……へえ……何か良い情報得られましたか」
「さあ、今回の事件に関係のありそうなことは何も……」
「そうですか……、しかし、ずいぶんと行動が早いですな。もう滝川家の人間に当たっていたとは……」
これは手強い探偵だ、と根来はひどく不気味なものを見るような目つきである。
「それで、捜査が暗礁に乗り上げたというのは、村上隼人が見つからないということなのですか……」
「いえ、それもあるにはあるんですが、何より村上隼人には、あの殺人予告状が赤沼家の門の前に置かれたという日の朝のアリバイがあるんですよ」
「それは今からざっと二週間前のことですね……」
「ええ、あの時、彼は京都にいたんだそうで……」
滝川真司といい、村上隼人といい、また京都か、と祐介は眉をひそめた。
「しかし、彼は京都に何をしにいったのですか」
「家族には観光だとか言っていたらしいです。それで、向こうの警察からの連絡によれば、宿でのアリバイはすでにはっきりしているようなんです」
つまり、彼は怪人ではないということになるのだろうか。根来のうなだれた様子を眺めながら、祐介はまた深くものを考え始めたのであった。




