1 発端
夢学無岳様、成宮りん様、深森様から頂いた羽黒祐介の挿絵になります。※「名探偵 羽黒祐介の推理」「紫雲学園の殺人」「五色村の悲劇」より
こちらの作品は、名探偵 羽黒祐介シリーズ第一作「赤沼家の殺人」(2016年)の完全改訂版(2022年)です。
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「ねえ……」
疑うことを知らぬ無垢な眼差しが、わたしを見上げている。
「お城の地下室に眠っているのは誰なの?」
そんな、あどけない問いかけにわたしは笑顔で答えた。
「あれはお人形だよ」
*
赤沼家の邸宅は、古めかしいヨーロッパの城郭のようである。少しばかり小高い丘の上にあって、時に朝日に、時に夕日に照らされて、朦朧と光り輝くその姿は格別に美しかった。
だが、この邸宅のバルコニーの鉄柵から、令嬢の琴音が首をくくって、骸を晒したその日から、赤沼家には不穏な空気が立ちこめることとなった。
琴音が首をくくった理由は、誰にもわからなかった。誰もが、彼女の運命は順風満帆なものだと信じていたのだから。琴音はその年、幸福な結婚をすることが約束されていた。それは誰もが羨む結婚であった。琴音の婚約者は、指折りの名家の御子息だったのである。
赤沼家の令嬢の怪死をめぐって、さまざまな憶測が世上に飛び交った。その結果、赤沼家の内部でもさまざまな衝突が起こった。この騒動がために一族が長年繕ってきた品格も何もかもが、一度に失われていくように思われた……。
*
そんなある朝のこと。
執事の稲山が、赤沼家の邸宅の門に現れた。
稲山といったら、この頃、邸宅の裏山を散歩することが日課になっていて、これこそ健康にもっとも良い習慣だという確信を得るに至っていたのである。
稲山は、門から出た瞬間に、奇妙な封筒が足下に落ちていることに気がついた。
(なんじゃこれは……)
稲山は眉をしかめる。その封筒には「赤沼家の皆様」という活字がタイピングされている。稲山は腰を気遣いながら、ゆっくりとしゃがんで封筒を手に取った。
(何が入っていると言うのじゃ…….)
稲山は心の中でぶつぶつと独り言を言いながら、封筒をひっくり返すも、そこに差出人の名前は見当たらない。
あきらかに怪しげな代物と感じながらも、これを奥様やご主人様に安易に見せるべきか迷った。むしろ、怪しげなものであれば、人目に触れず、自分で処理してしまった方がよいのではないか、そういう考えがよぎったのである。
稲山はそんなことを、脳裏であれこれ考えながら、意を決すると、封筒をそっと破いて、中に折り畳まれているA4サイズの便箋らしきものを広げ始めた。
その途端、稲山は電撃に襲われたような表情を浮かべた。
「おおっ……!」
稲山は、便箋をひらいてその内容を一目見た瞬間に思わず唸り声を上げたのである。
なぜならば、そこに記されていたものは……。