表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師ソフィアの青春  作者: 華月 理風
魔術学院4年生
93/172

主寝室の秘密1



 私の帰宅に遅れて4日後に、フィロスが帰宅した。


「ソフィア。」


図書室の2階で本を選んでいたら、急に呼びかけられて振り返る。


「おかえりなさい!」


手すりに手をかけて身を乗り出した時、手が滑った。手すりは腰の高さまでしかない。


「きゃああ!」

落ちる!


もっと高いところからなら、風の魔術で身を浮かせることもできたけれど、間に合わない。とっさに受け身を取ろうと身をよじる。痛みを覚悟するも、床に打ち付けられる前にフィロスの腕の中に抱き留められていた。


「この…馬鹿者!」

「ごめんなさい。」


フィロスは私を抱き上げたまま、図書室から出る。

「あの、おろして。」

「私を驚かせた罰だ。」

そのまま、彼の書斎に連れてこられる。


「お部屋を改装してくださって、ありがとう。」

開口一番、お礼を言う。

「君のイメージで、選んだが…。気に入らなかったら変えるから遠慮せず言ってほしい。」

 フィロスが自信なさそうに見つめる。

「いいえ、とても素敵で、わたくし、うれしかったです。」

「良かった。」


フィロスが、微笑む。

4年間ずっと笑顔を見たことが無かった私には、彼の微笑みがたまらなくうれしい。

思わず、我慢できなくなって彼に抱きついてしまう。


「フィロス、大好き。」

すぐに顔を上に向けられて、額、頬、鼻、そして、唇に、キスの雨が降った。





「ねえ、フィロス。」


 ようやく落ち着いてから質問する。

「主寝室に、夫人の部屋がつながっていないのは、何か理由があるの?」


驚いたように、フィロスが私を見る。

「そういえば、君は建築魔術も受講していたか…。」


彼は少し考え込んでいたけれど、やがて小さくうなずくと、私についてくるようにと言い、彼の寝室に向かう。


寝室に入ると、フィロスは寝台の横にかかっているタペストリーをめくった。

息を飲んだ。

扉がある。

扉にフィロスは手を当て、魔力を流し始めた。


「…この扉は、魔力を登録した人にしか開けられなくなっている。」


扉が開くと、中から白い光が漏れてきた。

「おいで。」

フィロスが差し出した手を取り、扉の中に足を踏み入れる。


そこは、天窓からの白い光に満ちた小さな居間になっていた。

奥に、扉が1つ。

それ以外、窓が無い。

奥の扉を開くとそこには真っ白い天蓋付きの大きなベッド、白と金の鏡台とティーテーブル、椅子、が備え付けられていて、奥には扉が2つついている。

この部屋も窓が無い。

天窓からの白い光だけだ。


「まああ。新しい奥方様でございましょうか?」


突然、背後から声が響き、悲鳴をあげそうになるのをとっさに口に手を当てて我慢し、振り向いた。

その我慢空しく、


「きゃああ!」


そこには、真っ白い女性が、立っていた。


「毎回、盛大な悲鳴を、ありがとう存じまする。」

女性がにこにこ笑っている。


「グレイス。」

フィロスが、女性に声をかける。

「お久しゅうございまする。20年ぶりくらいでございましょうか。ようやく、奥方様を迎えられましたのでございましょうか。」

「まだ、婚約者だ。」

「まああああ…。」

「あのっ!あなた様はどなたでございますか。」

「うふふぅ。わたくしめは、グレイス。フローラ様に仕えていた、侍女にてございます。」

「フローラ様?」


記憶にない。

フィロスが苦々しげに言う。


「フローラ・スナイドレー公爵夫人。初代の公爵夫人だ。」

「初代?えええええ!」


初代って、

え?2000年前?

2000年、生きているの?この女性?

私の気持ちを読み取ったかのように、グレイスは笑った。


「わたくしめは、人間ではございません。フローラ様が作った、魔術人形でございまする。」

「ま…魔術、人形?」

「うふふ。この部屋でのみ動くことを許された人形でございまする。わたくしめの役目は、この部屋の女主人に仕えることでございまする。ずーーーーーっと、2000年、だあれも、ここで暮らしてくれなくって、わたくしめは寂しかったでございまする。」

「ふん。この部屋に人がいなければ、動作を停止しているくせに。」

フィロスが、毒づく。


彼女が人形だったことに驚いたけれど、それより気になったことは

「2000年?誰も居なかった?」

だった。


「そうでございまする。代々の公爵夫人は、一度はここに連れてこられるのでございまするが、みーんな、ここには住めないって言って、逃げていったでございまする。ここ数百年は、公爵は来ても、夫人は、だあれも来なかったですわあ。」

「グレイスさんが、いらっしゃるから?」

「違うでございます。」


グレイスの笑顔が消えた。


「閉じ込められるのは、嫌だそうでございまするよ。」


意味がわからなくて、フィロスを見上げる。

フィロスは小さなため息をついて、教えてくれた。


「この部屋から外に出るには、公爵の寝室と居間を通らなければならない。つまり、夫に行動を監視されているとも言える。代々の夫人は夫に軟禁されるような状態を嫌ったのだ。」

聞いて、なるほどと納得する。

でも。

…閉じ込められている。というのは、意味が違うような気がする。


「あらあ。何か、納得していないようでございまする、ねえ?」

グレイスが、おもしろそうに笑う。


「…初代公爵の時代は、内戦や他国との戦が非常に激しい時期でしたよね。」

「そうでございまするね。」

「であれば、初代公爵は夫人を閉じ込めるためにこの部屋を作ったのではなく、守るため、作ったんじゃないでしょうか。」

「どういうことでございましょうか?」

「この部屋に入る扉は、魔力を登録した人しか入れない。おそらく、初代は公爵と公爵夫人だけが登録されていたのでしょう。侍女も信用していなかった。だから、グレイスさん、あなたが作られた。」


グレイスは、黙っている。


「そして、それだけでなく、一番の目的は、公爵が夫人を絶対に守るため、です。夫人を傷つけるためには、まず公爵を相手にしなければならない。つまり、初代公爵はそれだけ、夫人を愛していて、大事に守られた、ということでしょう?」


グレイスが目を見張った。


「うふふふふ!なんってことでございましょうか!」


ひとしきり笑った後、彼女は、すっと私の前にひざまずいた。

「やっと、来てくださったのございまするね。わたくしめが仕えるべき、奥方様。あなた様には、わたくしめの最大限の忠誠を。」

びっくりして、目をまばたく。

「さ、さ、こちらにいらしてくださいませ。ご案内させていただきます、でございまする。」


「まさか、グレイスに、気に入られるなんて。」

フィロスのつぶやきが、宙に消える。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ