4年生の夏休み
試験が始まった。
その少し前に、魔術師師団長から感謝状が届き、学院長がそれを全生徒の前で読み上げたので、私が試験で不正をしているという噂はきれいさっぱり無くなっていた。
何しろ、感謝状には「最高品質の薬を多数提供」という文面があったから。
最高品質の薬なんて、魔術師団の専門家でさえ作れる人が少ない。
学生でありながら専門家並みの力を持っていることが全校に知れ渡ったのだ。
試験の翌日。
皆が荷造りにいそしんでいる間、学院の森にある湖に足を向ける。
「フィロス。」
湖にはすでに、スナイドレー教授が来ている。
「ああ、試験、頑張ったようだな。」
「ふふ。頑張りました。」
フィロスが髪をやさしくなでてくれる。
「ねえ、明日は龍の円環をくぐらないといけないけれど、また、ダングレー侯爵家の前に出るの?」
とても不安だった。
「いや。私の領地の館の前に出る。君の住所はそこに変更した。魔術庁にも婚約の届け出が済んでいる。」
「夏休みの間、ずっと、そこに居ても、いいの?」
「当然だ。…君は私の婚約者なのだから。」
安どのため息をつく。
「私の帰りは数日後になるだろう。マーシア達には連絡済みだ。ゆっくり休んでいなさい。」
スナイドレー公爵家領地の館の前に私が出現すると同時に、待っていてくれたのだろう執事のフィデリウスと女中頭のマーシアが駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ!」
温かく迎えられたのは初めてだ。
なんだか涙腺がゆるみそうになって、それを隠すためにマーシアに抱き着いた。
「ただいま。」
「まあまあ、ホームシックに、なられていましたか?」
マーシアがにこにこしながら背中をさすってくれる。
「お嬢様、こんなところに立っていないで、お部屋にいらっしゃいませ。お茶の用意ができております。」
執事のフィデリウスの声もやわらかい。
持ち帰ったトランクは、フィデリウスがさっさと持って行ってくれた。
その後ろから、マーシアと一緒に自分の部屋…母のために用意された部屋、に向かう。
「あれ?」
部屋の扉を開けて、その場に固まった。
母のために用意された部屋で、場所は確かに間違いないはず。
でも、内装が違う。
白壁にピンク色の小花と明るい緑の葉が散ったかわいらしい部屋。カーテンもピンク色だったはずだ。
けれど、今、私の前に広がっている部屋は白壁に金色の蔦の模様が美しく飾られた落ち着いた部屋に変わっていた。カーテンは、紺のベルベット。
家具もすべて入れ替えられている。
「いかがでございましょう?フィロス様のご命令で、すべて新しくいたしましてございます。」
マーシアがにこにこしながら、部屋の中に私の背中をそっと押す。
「お嬢様のために壁紙も家具もすべて、フィロス様がお選びになられたのですよ。…リディアナ様の時は、女の子の好みはわからないとわたくしに任せっぱなしでございましたのに。」
目から、涙があふれる。
マーシアがあわてたように、ハンカチを差し出しながら、おろおろする。
「まあ!この部屋、お気に召しませんでしたか?どうしましょう。」
「いえ、違うのです。あまりに、うれしくて。」
「まああ。お嬢様は感受性が豊かなのですね。」
お茶をお持ちしますね、とマーシアがにこにことして、出ていく。
ぐるっと部屋を見渡す。
寝室のドアを開ければ、ベッドも新しくなっていた。
前のベッドはピンク色の天蓋だったけれど、今は真っ白の天蓋になり、可愛らしさよりも上品さを優先しているようだ。
クローゼットルームを開ければ、リディアナのために用意された洋服が1枚も残っておらず、私のために新しく作られただろう洋服がかなりの数、保管されていた。
マーシアがお茶のワゴンを押しながら戻ってきたので、聞いてみる。
「お母様のために作られたお洋服はどちらに?」
マーシアは困ったように笑った。
「フィロス様は廃棄をお命じになりましたが…。わたくしの独断で、使われていない小さな客室のクローゼットに仕舞ってございます。」
ほっとした。
「良かった…。あの、捨てないで、大事に仕舞っておいてくださいね?」
マーシアが少し不思議そうな顔をした。
「お嫌では、ないのですか?」
「お母様に嫉妬しても仕方ないですもの。それに、若いころのフィロスの思い出はわたくし、大事にしてあげたいです。」
マーシアはにっこり笑って、フィロス様には内緒で大事に保管いたします。と請け負ってくれた。