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魔術師ソフィアの青春  作者: 華月 理風
魔術学院1年生
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オリエンテーション



「夕食の時間です。今日はドアの外に置いておくから部屋で食べるように。食べ終わったら、トレーを廊下に出しておくこと。」

突然、室内に声が響き渡り、飛び上がった。


慌てて、図書室(メイ・パラディース)から透明なドアを開けて寝室に飛び出す。

寝室から居室へ走り込み、廊下につながるドアを開けると、床に銀色のクローシュがかかったトレーが置いてある。

でも、誰もいないし、人がいた形跡が全くない。

「魔術でトレーだけ飛んできたとか?」


トレーを居室に運び込み銀色のクローシュを外すと、ふあっと熱い湯気が立ち上る。

思わずため息が出た。

皮はパリッとして中身がふんわりとやわらかく、もちもちのパン。

デーツと玉ねぎの熱々スープ。

大皿には、デミグラスソースがかかったお肉とたっぷりの色とりどりの野菜のラタトゥユ。

ブルーベリーのジュース。


あったかい食事なんて、何年ぶりだろう。

食べきれないと思ったのは、初めてかもしれない。


侯爵家では前日の残り物、それも使用人達のを食べていたから。

パンは固いのが当たり前。具がほとんど入っていないスープも冷たいままだった。

お肉なんて残るわけないから、めったに食べたことが無い。

侯爵が生きていた時は一緒の食卓に居させてもらえたので、普通に食べられていたけれど、私が7歳になったときに侯爵は亡くなってしまった。

亡くなった日の夜から、おばあ様に「今後は自室で一人で食べること」と命令され、最初こそ普通に食事を運んでもらえたけれど、侯爵夫人に嫌われていることが使用人達にもわかってくると、少しずつ量を減らされていき、最終的には彼ら使用人の残り物になってしまった。

「はー、おいしかった…。ごちそうさまでした」

魔術学院のご飯はおいしい。

なんてありがたいのだろう。


おなかがいっぱいになったら、眠くなってきた。

喪服のままベッドに倒れこみ、気付いたら眠りに落ちていた。




 翌日の朝食も夕食同様、廊下に知らないうちに運ばれたものをおいしくいただいたあと、

「オバレーが呼んでいる。」

と迎えにきた黒狼のステラの後ろについて寮を出る。


 校舎内で上級生達と会えるかと思ったけれど、誰にもすれ違わない。

そういえば、まだ入学式始まってないから上級生も授業がないんだっけ?と思いつつ、階段を上っているとき、一瞬、背中がぞくっとした。

思わず上の階に顔を上げると、誰かと目が合う。


黒ずくめの男性?

グレーさん?

いや、違う。グレーさんのまとう雰囲気とは全く違う。


体感温度が一気に下がったような気がする。凍り付きそうだ。

肩先ですっぱり切りそろえられた黒い髪。黒曜石のような目。

全身黒い服に身を包み、腕組みをしてわたくしを見下ろしている男性の目は、ぞっとするほどの憎悪をたたえていた。


誰?

…動けない。


「何をしている。早くついてこないか。」

ステラの声にはっと我に返り、ステラに視線を移す。

「あの、あの人は?」

「どこだ?」

「あそこ?」

見上げても、男性がいた場所にはもう誰もいない。

「誰もおらぬようだが?…行くぞ」


オバレー教授の執務室は整理整頓が行き届き、広いだけに寒々とした印象がある。

「ダングレー。待っていましたよ。」


オバレー教授にうながされるまま椅子に座ると早速、彼女は一方的に早口で説明を始める。


「ダングレーは着替えも何も持っていませんね?今日の午後、案内者が街にあなたを連れて行ってくれます。必要なものを買いなさい。それぞれのお店には、わたくしから連絡が行っています。あなたは店員が出してくれるものの中から好きなものを選べばよろしい。今回は必要最小限のみです。」


「入学式の後で説明がありますが、この学院の生徒には、国から少額ながら給与が支払われます。今後はその給与の中から必要なものを買うことになります。」


「とはいえ、街に出られるのは学院が休みの日曜日だけです。月曜日から金曜日までは終日、土曜日は午前中のみ授業があります。」


「長期休みは夏休みと建国祭がある冬休みの2つです。1月10日から5月30日までが前期授業。6月1日から7月14日までが夏休み。7月15日から12月15日までが後期授業。12月16日から12月30日までは建国祭の冬休みとなります。長期期間中は全員、寮から退室し実家に戻ってもらうことになります。」


ランドール国は1か月が30日、12か月で1年だ。

それにしても、長期休みは実家に帰る?…いやだ。


「食事は、入学式までは部屋に運ばせますが、入学式後は大食堂でみんなと一緒に食べることになります。」


「入学式の日から部屋にかかっている制服を着るように。授業の日は制服で過ごしてもらいます。休日は制服を着る必要はありません。ご自由に。」


一気にそこまで説明してから、オバレー教授はじろりと見る。

「何か、質問はありますか。」


「あの、長期休みの時、実家に戻らず、学院に残ることはできますか?」

「できません。」

「帰るところが無いのですけど…」

「どんな理由があろうとも、長期休みはここに滞在できません。それに、ダングレー、あなたはダングレー侯爵家という立派な実家があります。」

「あの、グレーさんが、とりつぶすとかなんとか…。」

必死で、帰れない理由をひねり出す。

「ああ!そういえば、監察院が久しぶりに、魔術封じの札が使われたと騒いでいましたね。でも、ダングレー侯爵家にはおとがめはありませんでしたよ。」

「え?魔術封じの札を使ったら、罪になるのではないのですか?」

「重罪ですよ。でも、ダングレー侯爵夫人に聞き取りを行った結果、あの札は自分が嫁いできたときにはすでにあそこに貼られていた、と。何人かの使用人達からも同様の証言が取れました。てっきり、装飾品の一種で禁止されていた札だと思わなかったそうです。また、あの札は作られたのが約300年ほど前のものと判明しました。したがって、ダングレー夫人は何も知らなかった、罰せられるべきはおそらく何代も前の侯爵家の人間で、誰かは特定できない。従って、おとがめなしとなりました。」

「嘘…。わたくし、何度も地下室に入れられてますけれど、その時はあの札は無かったはずです。」

「…それを証明できる人はいますか?」

「いいえ…。」

私は唇を噛む。

「とにかく、そういうわけで、ダングレー侯爵家にあなたは帰ることができます。」

「帰りたくないのです。」

「事情はいろいろあるでしょうが、わたくしたちは家庭の問題には立ち入りません。学院創立時からの規則ですからね。長期休暇時、学院にとどまることはできません。」


「さあ、午後からは街で買い物です。お昼を部屋で食べたらすぐに学院の門まで行くように。まだ学院内は不案内でしょう。ステラに送らせます。」

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