学院の噂
エリザベスとジェニファーは、こそこそと噂を始めた生徒達の視線から隠すように、私を闘技場から引っ張っていき、ティーサロンに連行した。
「ほんとに、ほんとに、スナイドレー教授?」
ジェニファーが、ずいっと顔を近づけて、小さい声で聞いてくる。
「ほんとよ。…ごめんね。隠していて。」
「謝る必要は、ございませんわ。」
エリザベスが、ため息をつく。
「学院を卒業してから、公表される予定だったのでしょうし。」
「でも、でも。」
ジェニファーが私の手をがっちり握って言う。
「すごく、嫌われてなかった?意に染まぬ婚約?」
「…お家の都合かしら?スナイドレー公爵はああ見えても4大公爵ですし。命じられれば、断れませんわ?」
2人の心配が、じんわり心に染み入る。
「ありがとう。相思相愛だから、大丈夫。」
「えええ?」
ジェニファーが、びっくりしたように言う。
「もしかして、ソフィって、M?」
「なっ!違うわ!」
エリザベスが真剣に私を見る。
「ソフィ。あなたの言葉を信じてもいいのね?もし、そうじゃないなら、わたくし、父と婚約者に、破談に向けて動いてもらうこともできますのよ?」
「…ありがとう、リズ。でも、そんなことしたら、恨むわよ?」
エリザベスの目が大きく開かれる。
「そう。本当に、大丈夫なのね。…あらためて、おめでとう。と言わせていただくわ。」
「そうね。ソフィの相手が、あの、スナイドレー教授ってとこが、しっくりこないけど、うん。ソフィがいいなら。…おめでと、ソフィ。」
翌日以後、廊下を歩いていると、ひそひそ噂されているのに気付く。
「ねえ、ダングレーっていつも成績がトップクラスだけど、もしかして、試験前に試験内容を漏洩してもらってたんじゃないの?」
「そうそう、もしかしたら、採点を甘くしてもらっていたのかも?」
気にしないふりをするけど、何気に傷ついた。
と、突然、リチャードの声が後ろから聞こえた。
「どーやって、試験内容を漏洩したり、採点甘くするんだよ。1年の時の座学はともかくとして、魔術系の試験なんて漏洩したって意味ねえし。実技はみんなの前でテストするんだ。ダングレーが実技受けてるの、お前たちだって目の前で見てるだろ。…それとも何か。戦闘魔術とか、俺らがダングレーに手加減してるとか、言うのかよ。」
「モントレー様!いえ、とんでもありません!」
みんなが悔しそうに口をつぐむ。
「ソフィア、ちょっと、いいか?」
学院のすぐ隣の庭園。
さすがに、初夏近くなり、先日話をした時は冬枯れで寒々していた庭園も緑がまぶしく、数人の学生が散策している。
ガゼボに行けば、幸い、誰も使っていない。
「スナイドレー教授が婚約者だったんだな?」
リチャードは相変わらず、直球で聞いてくる。
うなずいた。
「言わなくて、ごめんなさい。」
「それは、いいけど…。」
リチャードは自分の頭をガリガリ、かく。
「スナイドレー教授は傍目にはソフィアを、その、嫌っているように見えたけど、無理やりの婚約、じゃないんだな?」
「ええ。心配してくれて、ありがとう。」
はあ、とリチャードは大きくため息をつく。
「正直、ピンとこなくて。嫌っているように見えたのは、俺が、人を見る目が無いのかなって自信も無くしてさ。」
「ううん。嫌われていたのは確かなので、大丈夫。…教授の気持ちが変わったのは、本当につい最近だから。それまでは憎んでいたって言われたもの。」
「そうなのか…。」
「それより、ありがとう。かばってくれて。うれしかったです。」
「いや、俺は陰口は嫌いなんだよ。それに、君が1年生の時からすごく頑張っていたの、俺は知ってるし。だから、負けないように俺も頑張れたってのがあるし。」
「はああ。スナイドレー教授が相手、って聞いて、すごく心配したけど、うん、そうか。うん。大丈夫なんだな。」
にっこり笑って、大きくうなずく。
「正直、ショックすぎてさ。でも。昨日、スナイドレー教授にこてんぱてんにやっつけられたら、なんか敵わないって思ったから、うん、しょうがないな。」
「リチャード。」
「君を守りたくていろいろ俺は頑張ってきたんだ。だから、俺より優れた奴が君を攫っていった、ってことに、諦めもつく。…うん。君が良いなら、もう何も言わない。君の幸せを祈ってる。」
「ありがとう。リチャード。私は幸せね。あなたのような人と知り合えて。」
モントレーが、にっと笑った。
「俺もだよ。…せめて、これからは最高の友達、で居よう?」
「もちろん。わたくしこそ、これからもよろしくね。」
「ああ!」