戦闘魔術の代行授業
グレー教授が暴動制圧に出撃し学院から不在となったため、戦闘魔術の授業はスナイドレー教授が代理で教えてくれる。
今日はその初日だけれど、リチャード初め戦闘魔術で上位の成績を修めている数人の男子生徒の顔が険しい。
スナイドレー教授が闘技場に姿を現す。
薬学魔術の講義の時と同じ黒づくめ、詰襟で裾が長い上着にズボン。白手袋。
「そんな裾が長い上着で実技を教えられるのかよ。」
リチャードの横にいた男子生徒が揶揄する。
それをじろりと見たスナイドレー教授は
「問題ない。…授業を始める。まずは…。」
と言いかけたところで、リチャードが遮る。
「スナイドレー教授、俺は、俺より弱い奴に教わりたくないんですよ。あなたの授業を受けるに値するかどうか、最初に手合わせをお願いできないですか?」
丁寧に頼んでいるようでその言葉にはトゲが含まれている。
「手合わせ?…不要だ。」
「!不要かどうかは、こちらが決めるっ!グラディウスっ!」
リチャードの手に大剣が握られる。リチャードがもっとも得意な大剣だ。
いきなり跳躍し、スナイドレー教授に大剣を頭上から振りかぶる。
女生徒達の悲鳴が闘技場に響き渡った。
一瞬、フィロスが切られたかと思ったけれど、リチャードが切りかかる直前に、口元が素早く動いたのを見た。スクゥトゥム、盾、と。
すさまじい衝撃波が四方に走る。
衝撃波に耐えるため、足を踏ん張り、顔を両手でカバーする。
衝撃波に耐え切れずにふっとんでいく生徒たちが何人も視界の端に見えた。
衝撃波が過ぎたあと、目をあければ、リチャードの大剣を銀白のかがやく盾で受け止めているスナイドレー教授が居た。
「…グラディウス。」
その瞬間、スナイドレー教授の左手にレイピアが出現する。
「何!?武器を一度に2つ!?」
リチャードが素早く、スナイドレー教授から跳躍して離れ、大剣を構えなおす。
生徒達も、ざわざわしだす。
「武器を複数、同時に持てるのかよ。すげえ。」
隣の男子生徒が興奮したように騒いでいる。
複数の武器を同時に出せることを知らなかったので、どうやってやるのだろう?と、心配よりも、むしろ興味を惹かれて、2人を食い入るように見てしまう。
2人の切り合いが始まった。
非常に早い動きで、動きを追いきれない。
スナイドレー教授は、盾で防ぐ一方で、自分から攻撃を仕掛けていない。
盾で防ぎきれない場合だけ、レイピアで上手に大剣を受け流している。
攻撃を一切しないことに苛立ったのだろう。リチャードがどなる。
「ふざけんな!その盾をしまえよ!俺と、正々堂々と切り合え!」
「…お前に怪我をさせないために、盾を出したのだが?」
「俺を馬鹿にしているのか!?」
「…痛い目に合わないと、わからないタイプか…。」
スナイドレー教授の右手から盾が消える。
同時に、レイピアを左手から右手に持ちかえた。
「…。来い。」
リチャードがまたもや跳躍する。
「風の刃!」
大剣から、かまいたちが無数に放たれる。
私が一度も避けられたことがない、リチャードの切り札だ。
そのかまいたちを、スナイドレー教授は真っ向から目にも見えない速さで、レイピアでことごとく切り裂いた。
「何!?」
リチャードが絶句する。当たり前だ。
彼のかまいたちは、魔術師団副団長のグレー教授でさえ、真っ向から受け止めず、避けることで当たらないようにしている。私もだ。避けきれない刃が多くて、毎回、負けるんだけど。
でも、教授もすべての刃を切り裂けたわけではなさそうだ。避けることに失敗した刃がかすったようで、彼の左手の手袋が切られ、うっすら赤い切傷が見えた。
スナイドレー教授が切られてヒラヒラしている左手の手袋を、邪魔だと吐き捨て、すばやく脱ぎ捨てる。
「良い、腕だ。」
リチャードが吠える。
「くそぉお!」
再び、リチャードが大剣で切りかかる。
大剣とレイピアが激しく打ち合い、火花が散る。
リチャードが、押されている?
リチャードの息が荒くなってきているけれど、スナイドレー教授は息を乱していない。
「加勢するぞ!」
いきなり、リチャードと仲の良い男子生徒2人が乱入してくる。
2人の手にも、大剣。
スナイドレー教授の背後から2人が切りかかろうと跳躍する。
「竜巻。」
スナイドレー教授は振り返りもせず、一言。
その瞬間、2人は闘技場の端まで吹っ飛んだ。
「ぐっ!」
大剣が消え、2人とも激突の痛みか起き上がれないでその場に倒れている。
そして。
「詰み、だ。」
リチャードの大剣をはじき落し、膝をついた彼の首筋にレイピアを突き付けたスナイドレー教授が冷たく、言い放つ。
リチャードは、ぐっと、悔しそうに唇を噛んだけれど。
「ああ、俺の、負けだ。」
「では、私が授業を受け持つことに、異議はないな?」
「ない。」
リチャードはもともと公平なのだ。私はそんなリチャードを友人として尊敬している。
その時、どこかで、女生徒の声が闘技場に響き渡る。
「ねえ!ダングレーの婚約者、って、スナイドレー教授?」
声の主は、ライザ・サレー。
「は?何を言ってるの?」
ジェニファーが応戦する。
「だって、指輪!」
全生徒の目がスナイドレー教授の左手に集中する。
そうだ、手袋が無い。
忘れていた。
さっき、切れた手袋を投げ捨てていた!
女生徒達は恋愛話が大好きだし、アクセサリーも大好きだ。
婚約指輪をしている女生徒たちはみんな、知らない女生徒からも、指輪を見せてと1度は見にこられて、指輪や相手の批評をされている。私もだ。
ライザ・サレーには、「黒い宝石なんて、陰気なあなたにお似合いね。」と嫌味を言われたんだっけ。
ジェニファーがスナイドレー教授の指輪を見て、顔を真っ赤にしている。
「え?え?ほんとだ!うそっ!ソフィ、ソフィ?」
周囲が信じられないほどパニックになって大騒ぎで何か言ってくる隣のリズの声も聞き取れない。
「稲妻!」
闘技場のあちこちに、稲妻が生徒を避けて落下する。
あちこちであがる悲鳴。…そして、悲鳴の後の、静寂。
「授業を始める。騒ぎたいものは闘技場から出ていけ!」
スナイドレー教授の一喝。
その日の授業は、生徒同士でのアトランダムな組手。
一通り終わると、次に組む相手をスナイドレー教授が指定していく。
私は槍を使う生徒と組まされた。実は、槍の使い手との組み合わせが、私は苦手。
まわりをちらっと見れば、どうも苦手な相手と組ませているようだ。
たった1度の組手を見ただけで、その生徒の苦手な武器がわかるの?
グレー教授よりハードな授業が終わって、スナイドレー教授が闘技場から出ていこうとした時、アンドリュー・ドメスレーが呼び止めた。
「スナイドレー教授、お待ちください。」
「…何か?」
「あの、スナイドレー教授は、ダングレーの、婚約者なの、ですか?」
「…そうだ。」
闘技場内がまた、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
スナイドレー教授の姿は、すでに、無い。