薬を用意しよう
日が昇る前に、学院の森で必要な薬草を摘む。
その後、朝食に向かうと、エリザベスとジェニファーが食堂の入り口で待っていた。
「ソフィ!もう具合、大丈夫?」
2人に心配をかけてしまったようだ。
「ごめんなさい。もう、大丈夫!」
「良かったですわ。ベリル先生から高熱を出して寝込んでいるって聞いて。医務室にお見舞いに行っても、風邪がうつるかもしれないからって会わせてもらえなくて。そんなに重症なのかと心配しましたの。」
「お見舞いにも来てくださったの?ありがとう。」
「いいのですわ。それと、これ。」
エリザベスがノートを差し出してくる。
「2日分の講義のノートですわ。後で返してくださいね?」
「ありがとう!リズ。とってもうれしい。」
食事後、街に出て薬草を買いに行く予定だと言ったら、2人ともまだ本調子じゃないんじゃないの?私たちが買ってきてあげるから。と親切に言ってくれた。
でも、自分で品質を確かめたかったから、どうしても行きたいの、と言ったら、
「どうしても出るなら、馬車で行ったら?」
とジェニファーが提案してくれ、いつもは歩いていくところを、馬車に乗って街に出ることになった。
街に着いたら2人と別れ、なじみになっている薬品店に向かう。
必要な薬品を大量に買い込んだのでお店の人はびっくりしていたけれど、すぐに届けてくれると約束してくれた。
2人から帰りは私だけ馬車で帰るように、と親切に言ってもらっている。
馬車ですぐに帰ると寮室に買った薬品の山が届いていた。
サピエンツィアの店で買ったものは学院への転送陣を利用して届くので、早い。
急ぎの時は本当に助かる。
傷薬、解毒剤、解熱剤、造血剤を次々と作っていく。
手足欠損などの重篤な怪我はポーションだけでは治せない。高度な治癒魔術と掛け合わせる必要があるけれど、そこまで酷くなければ回復するだろうポーションを。
フィロスに渡すだけじゃなく、学院長を通じて魔術師団にも渡せればなお良い。
私はまだ学生だけれど、私の作る薬が最高のものであることは、この国一番の薬学の権威者であるスナイドレー教授のお墨付きだ。
昼食はおろか、夕食を食べることも忘れて没頭していたところ、材料が足りないものが出てきた。
「月見草のしずく。うう。終わっちゃった。これをまた作らないと。」
とりあえず、フィロスに渡すのは各薬品を3本ずつでいいだろう。
小瓶とはいえそれ以上だとかさばるから。
今日、薬品を購入するときに一緒に買った薬を入れるためのポーチに、作り立ての薬の小瓶を収納した。
さらにこのポーチに、瓶が割れないよう保護する魔術と品質が落ちないように密閉する魔術をも掛けた。
もともとポーションを入れる小瓶は保管に適し、割れにくい素材が使われているけれど、念には念を入れたかった。
ポーチは帯剣用のベルトに通せるようになっているタイプを選んだので、持ち運びもそれほど困らないはず。
「フィロス、今日、居るかな?」
廊下に出て呼びかけてみたけれど返事が無いので、ステラ塔には居なさそうだ。
「執務室にいるかも?」
校舎へ速足で急ぐ。日曜日の夜。
夕食も終わっているから校内に学生の姿は無い。
薬学教室まで駆け上がり、隣の執務室の扉をノックする。
「誰だ?」
居た!
「ソフィア?どうした?」
机に向って何か書き物をしていたフィロスが、びっくりして立ち上がる。
「薬が用意できたので、届けに来ました。」
ポーチを差し出す。
フィロスは受け取り、ポーチを見て、ほお。と感嘆のため息をつく。
「品質保持、毀損防止の魔術か。さすがだな、ソフィア。」
ポーチの中から小瓶を取り出し、頭上の灯りに透かし見る。
薬は用途によって、瓶の蓋の色が決められている。
傷薬は赤。解毒剤は紫。解熱剤は青で、造血剤がオレンジだ。
「…すべて、最高品質。相変わらず、君の能力は私の想像を超えてくる。」
「傷薬には月見草のしずくが入っています。治癒魔術を使える方がいらっしゃれば、肉体欠損も治せるはずです。」
「そのようだな…。」
フィロスは小瓶を注意深くポーチに戻してから、私の方に歩いてくる。
そのまま、ぎゅっと抱きしめられた。
「ありがとう。ソフィア。助かる。」
彼女が退室していった後、すぐにフィロスはもらったばかりのポーチを帯剣ベルトにセットした。
彼女には与えてもらってばかりのような気がする。
「絶対に、死ねぬな…。」
ほろ苦い笑みが顔に浮かぶ。
いつ死んでも良いと思っていた自分は、どこに行ったのだろう。