受け入れられない願い
学院長と話をした日の夜。
寮室でそろそろ寝ようかな…と、読んでいた本をぱたりと閉じたところに、扉をノックする音がした。のぞき窓から覗いて、パッと顔が赤くなる。
「フィロス!」
扉を開ければフィロスが素早く入って来るが早いか抱きしめて額にに口づけてきた。
「具合は?」
すぐに私の顔を覗き込む彼の瞳は心配そうで、いらだちに満ちている。
「もう大丈夫!わたくしのことよりフィロス、あなたの怪我は?」
「きれいに治っている。心配いらない。」
唇が重なる。
ゆっくりと私から顔を上げながら、フィロスが懇願するように言う。
「ソフィア、今後は君が倒れるまで魔力を使わないと、約束してくれ。」
「いや。」
きっぱりと跳ねのける。
「ソフィア!」
「いや。あなたに何かあったら、わたくしも生きていられないもの。」
ぐっと詰まる、フィロス。
「あなたがあんな怪我をしなければ、わたくしも無茶はしないわ?」
「…私の仕事は生命の危険と隣り合わせだ。…頼む。私に何かあっても、君は、」
その先を聞きたくなくて、フィロスの口に人差し指を当てて、黙らせる。
「あなたに何かあったら、わたくしも生きていなくてよ?」
「ソフィア!」
「…生きていたって、しょうがないもの。あなたがいなくなったら、わたくし、一人ぼっち。もう、独りは嫌なの。」
まっすぐにフィロスの瞳を見上げれば、彼の顔がゆがむ。
彼の胸に顔を埋め、背中に両手を回して抱きついた。
「だから、ね。必ず、必ず、いつも、わたくしの元に戻ってきて?」
「…君はリディアナに似ていないと言ったが、撤回だ。頑固なところがそっくりだ。」
「お母様の子だもの!」
「…内戦が起きそうだ。」
低い声が響く。
「リズ、いえ、アークレーからも似たような話を聞いているわ。」
「そうか。できるだけ大きくならないように動くが、どうなるか。」
「お仕事はそのための?」
「ああ。しかし、戦が起きれば、私も戦場に立つ。」
ぎゅっと、フィロスの袖をつかむ。
考えたくない未来に、唇を噛む。
「薬…いっぱい、用意しておきますね。」
「ソフィア?」
「一緒に戦場に立ちたいけど、足手まとい、だから。せめて。」
ぽろっと涙がこぼれる。
本当は、戦場になんか、行ってほしくない。でも、そんなこと言えない。
「ありがとう。でも、大丈夫。心配いらない。君を置いて死ねないと思ったから。」
フィロスがやさしく涙をぬぐい、微笑む。
「君に、いろいろなところへ連れていっていろんなことをさせてやりたい。世界中を旅行していろいろな景色を見よう。オペラや劇を見るのもいいな。ああ。楽しいことをたくさん経験させてやりたい。…それらを君が知らないまま、私の後を追ってくるのは辛すぎるからな。」
「…その通りよ。あなたがいなくなったら、わたくしはこの学院以外の世界を知らないまま、あなたの後を追うわ?」
「それは困る。あの世で、リディアナに二度、殺されそうだ。」
フィロスが声を出して笑い、私の髪を撫でた。
「何があってもきっと帰るから、私の死体を確認するまでは、早まったことはしないと、約束してくれるね?」
ためらったけれど、あまりにも辛そうなフィロスの瞳に、こっくりとうなずいた。
「うん。よし…。」
当分忙しいから個人的に会う時間が取れないかもしれない、すまない。とフィロスが部屋を出ていく。
1人になった瞬間、体がどんどん冷えていくような気がした。
ぎゅっと自分で自分を抱きしめる。
「内戦。…戦場…。」
できれば、避けられるといいけれど、リズの話からしてもかなり切羽詰まっているような気がする。
「明日は日曜日。傷薬のポーションを作る日にあてよう。材料は?朝一で買えるものは買ってこないと。」