魔毒剣
とても長く眠っていた気がする。
ゆっくりと目をあけた。
…ここ、どこだろう?
真っ白い天井。
少し硬いベッドから、むくりと起き上がる。
「あら?目が覚めたのね?」
白衣を着た女性がポケットに手をつっこんだまま、私のそばに近づく。
「うん。顔色、悪くない。もう大丈夫ね。」
「ここは?」
「学院の医務室。ハッカレー学院長から聞いたわ。魔力切れですって?何をしてそうなったかについては教えてもらえなかったけれど、学生なんだからそこまで無理しちゃだめよ?」
女性がぴしっと人差し指を立てて振りながら、キツイ口調で注意してくる。
「すみません。」
「謝るなら、迷惑をかけた学院長にして?」
「あの、わたくし、どれくらい寝ていたのでしょう?」
「ん。まるまる2日。で、今は土曜日のもうすぐお昼。」
「えー!授業、授業に行かないと。」
「こらこら。土曜日のもうすぐお昼って言ったでしょう?今日最後の授業にも間に合わないって。もう今週の授業は終わり。諦めなさい。」
がっくり、うなだれる。
「目が覚めたら学院長のところに行くようにって。ソル塔。わかる?」
「はい、わかります。」
「私はリーア。医務室の医者よ。また具合悪くなったら、いらっしゃい?あ、それと生徒達には風邪による発熱と知らせているから、魔力切れとは言わないようにね?」
「はい、ありがとうございました。リーア先生。」
医務室を出て、ソル塔に向かう。
フィロスは、フィロスは、無事だろうか?
ソル塔で、学院長に呼び掛ければすぐに部屋に招き入れられた。
「学院長、フィロスは、無事ですか?」
開口一番、詰め寄る。
「無事じゃ。安心しなさい。」
「今、どちらにいらっしゃいます?」
「王宮に行っておる。明日には帰るだろうから、安心しなさい。」
安心した途端、足の力が抜け、へろっと床にすわってしまう。
「こちらの椅子に座りなさい。ほら。お茶だ。」
「さて、ダングレー。聞きたいことがあるのでな、教えてほしいのじゃが。」
学院長が白いひげをしごく。
「精霊の涙。このレシピをどうやって知った?どの参考書にも載っていないはずじゃ。」
「母のレシピです?」
「リディアナの?」
幼い日に母が魔毒剣で倒れた怪我人を助けられなかった思い出を話した。
「なるほどなあ。そんなことがあったのか。」
学院長が静かに頷いた。
「精霊の涙。この薬はフォルティス国の神官に伝わるレシピらしい。わしには、アクシアスが教えてくれた。」
「お父様の…。」
「そもそも、魔毒剣じゃが、もともと外国から持ち込まれたもの。おそらくだが、フォルティス国から。我が国では己が魔力で作った武器で戦うのが当たり前で、普通の武器に魔力を持たそうなどという発想はなかった。」
「そう言われれば…。」
「とはいえ、魔毒剣が持ち込まれてから、我が国でも作られたことがある。そもそも、金属の剣に魔力を含ませなければならないので、魔術師の協力が必須ではあるし。この剣で刺されると、ほとんどが死亡する。今のところ、精霊の涙しか癒せぬからな。従って、我が国では公式には、魔毒剣を作ることも保持することも禁止されている。」
「でも、今回…。」
「そうだ。誰かが魔毒剣を作って、フィロスに使った。」
「魔毒剣は簡単に作れるのですか?たとえば、私とか。」
「いや。簡単ではない。そうさな。平均よりやや高い魔力を持つ魔術師が10人は必要かな。」
「10人ならすぐ集まれるから、簡単に魔力を籠められますよね?」
「違う。10人の魔術師の生命が必要だ。」
「え?」
「魔毒剣を作るには、最低10人の魔術師の血が必要なのだよ。しかも、同じ属性の。その10人を殺してその血液をすべて抽出し、その血に金属の剣を浸す。剣が血を吸い尽くしたら、魔毒剣の完成だ。
この金属の剣も優れて腕が良い職人が作った名剣を用意し、優秀な魔術師が必要な魔術をかけねばならぬ。魔術をかけた瞬間、ほとんどの金属の剣は砕けるが、砕けず残る剣もある。それを使う。…だから、簡単に作れるものではないのだよ。」
真っ青になった。人の命を吸った剣…。
「魔毒剣の作り方は極秘だ。たった1枚の紙に書かれ、何重もの鍵のついた箱に仕舞ってある。そして、それは国王と魔術庁長官、魔術学院長の3名しか入れない王宮の隠された奥宮の中に保管されておる。見るためには、その3人が揃って鍵をあける必要がある。当然、知っている人間は、ごくごくわずかのはずじゃ。」
ごくっと、唾を飲み込む。
「魔毒剣を作ったのは、国王陛下か、魔術庁長官、ということですか?」
突然、にこっと学院長が笑顔を見せる。
「さて、の?魔毒剣は表に出てこないだけで、秘匿されているものもあるかもしれぬのでな。…少し、余計にしゃべりすぎたようじゃ。精霊の涙を作ったそなたが学生であることを失念してしもうた。忘れなさい。」
「でも…。」
「余計な知識は身をほろぼす。フィロスを悲しませたくなかったら、忘れなさい。」