黒幕は誰だ
できあがった精霊の涙をグラスに注ぎこみ、横たわってぐったりしているフィロスの頭を持ち上げて、膝の上に乗せ、
「フィロス、飲める?」
と、グラスを唇にそっと当てる。
彼は血まみれの微かに震える手でグラスを握って、飲もうとする。
手を添えてこぼれないように、ゆっくりと飲ませた。
一口飲むたびに、火傷の痕がきれいになっていく。
全てを飲み終わったら、腹部の傷が完全に消えた。
「フィロス?痛みは?どう?」
ふるえる声でよびかける。
「…痛みが消えた。起き上がってみる。手を貸してくれ。」
思ったより、しっかりした声。
フィロスの背中に手を回し、起き上がる手助けをする。
「…大丈夫のようだ。助かった。」
立ち上がろうとしてふらつくフィロスをとっさに支え、椅子に誘導する。
「怪我はなんとかなったけれど、失われた血まではすぐに戻らないから、無理しないで?」
彼に声をかけてから薬品棚にまた手を伸ばす。
造血剤。
通常よりも早く失った血を作ってくれる薬の瓶を取り出す。
「これ、造血剤。飲めそう?」
フィロスが瓶を片手に、呆れたように私を見る。
「なぜ、こんなものまで、ここにあるのだ?」
「飲めそうなら、飲んで?」
この造血剤は、ものすごく苦い。
一息で飲み込んで咳きこむ彼の背中をさすりながら、水の入ったコップも渡す。
「ソフィア、すまない。命を助けてくれて、ありがとう。」
顔色がずいぶん良くなったのを見て、ようやく、ほっとする。
「いったい、なぜ、このようなお怪我を?」
そう言いながら、薬草茶を入れようとポットを持ち上げた瞬間、ひどい眩暈がしてくらっとなり床に倒れた。
…まずい。
魔力を使いすぎた。
…魔力回復のポーションの副作用。…魔力の枯渇…。
「ソフィア!」
フィロスが駆け寄ってくるのをスローモーションのように見ながら、意識を手放した。
「魔毒剣に刺されて、よくもまあ助かったものよ。ソフィアに感謝だな。」
険しい顔をして、ハッカレー学院長はフィロスから話を聞く。
2人が話をしているのは、ソル塔の学院長の居間。
ソファにはソフィアが寝かされて毛布をかけられている。
まだ昏睡状態のままだ。
傷がふさがり動けるようになったフィロスは、魔力枯渇で倒れたソフィアを抱き上げ、ソル塔に急いだ。
フィロスの声に跳ね起きた学院長は2人を招き入れ、ソフィアには栄養剤の点滴を与える。
魔力回復のポーションを使ったあとは、自然に魔力が戻るまで安静にしておくしかないからだ。
栄養剤を点滴することで体の治癒力を高め、魔力の戻りをスムーズにする。
魔力枯渇にはそれしか治療手段は無い。
「それにしても不意打ちを受けたとはいえ、まさか、そなたが傷を受けるとは。相手は相当の手練れだな。誰だ?」
「残念ながら、覆面をしていたのでわからん。…最初、10人位に周りを囲まれた。そ奴らと応戦していて、彼らにしか意識が回っていなかった。私の油断だ。取り囲んだ奴らの後ろから短剣が投げられた。追いたかったが…常備の薬で傷が塞がらなかったのでヤバいと思って逃げさせてもらった。」
彼が布に包まれた短剣を、コトッとテーブルの上に置く。
ハッカレー学院長が布をほどき、短剣を取り出し、じっくり見る。
雷光がパチパチはじけているが、フィロスに刺さり魔力を放出した後なので、だいぶ弱くなっている。
丁寧に短剣を調べるも、持ち主につながる何かは見つからない。
「今日は誰を調査していたのだ?」
「マジェントレー公爵。」
「ほぉ。魔術庁長官、か…。」
ずいっと、ハッカレー学院長がフィロスに顔を寄せる。
「マジェントレー魔術庁長官が首謀者、で、間違いなさそうか?」
「…おそらく。しかし、なぜ、彼がという疑問は残る。」
「首謀者が彼だとしても全くおかしくはない。彼だと仮定した場合のストーリーは、こうだ。マジェントレーの娘が第二王子の妃なのは知っておろう?」
「ああ。…今、第一王子と第二王子、どちらが皇太子になるか、王宮が2つに割れているのは知っている。まさか、第二王子を皇太子につけるために?」
「いや、違う。王位につけたがっているのはおそらく、第二王子の子供。」
「は?第二王子の子供?まだやっと2歳では?」
「2歳だから、だ。おそらく、マジェントレーは、国王、第一王子と第二王子をまとめて殺すつもりだろう。そうすれば、王位継承者は2歳の幼子になる。第一王子のところはまだ子供がいないからな。2歳の子供に政治はできぬ。第二王子妃が中継ぎの女王になるだろうが、第二王子妃は父親のマジェントレーの言いなりだ。実質、マジェントレーが政治を握れる。」
「政治を握って、王宮内の魔術師以外を追放するつもりか…。」
「おそらくな。追放で済めばいいが、かなり高い確率で、王宮内で重要な役職にいる者は殺されるだろう。そして、巷の平民…魔力を持たぬ民達を奴隷のように扱うだろう。魔力を持たぬ者は人にあらず。奴の持論だ。」
「マジェントレーが立ったら、国が荒れる。」
「ああ。しかも、北方の大国プケバロスが最近、侵略の牙を研ごうとしている。こいつも厄介だ。今は内戦をしている時期ではないというのに。」
ハッカレー学院長が歯噛みをする。
「マジェントレーが執る手段は?武力によるクーデターか?それとも、毒による暗殺か?あるいは?」
「申し訳ない。まだそのあたりは全く情報を持っていない。ただ、マジェントレー公爵の領地に我々と敵対する魔術師が集まりつつあるという噂が。」
「魔術師を集めて、魔力戦争か?しかし、王宮内には多くの魔術師が働いておる。魔術師師団団長も副団長も国王側だ。私もな。魔力はこちらが上。どうやって攻めてくるつもりだ?」
「マジェントレー公爵の領地は今、入領が厳しくなっているが潜り込むか?」
「いや、やめておこう。君を失うわけにはいかん。」
「しかし…。」
「命令だ。勝手に動くでない。しかし、マジェントレーから目を離すな。私も王宮の奴の周りに私の”目”を放っておこう。」