フィロス刺される
4年生の授業が始まった。
4年生になると必須授業が一気に減り、選択する授業ばかりになる。。
選択する授業を減らして空き時間を増やし、その時間に遊んでいる生徒も多くなる。
でも、私はあれもこれもと興味がある授業をできる限り取りまくったので、時間割がびっしりだ。
エリザベスとジェニファーも勉強熱心で割と多く授業を取っているけれど、その彼女たちから引かれたくらい。
薬学魔術も必須でなくなり選択制になるけれど、4年生以上はBクラス以上の力を持っていないと希望しても受講できなくなる。
弱い魔力では作れない薬が増えるから。
トップクラスの魔力を誇る私は当然、受講の許可をあっさり得られる。
とはいえ、相変わらず…、今まで通り、授業中は完全に無視され、近づくなオーラをぶつけてくるので、私をやっかむ一部のクラスメート、アンドリュー・ドメスレー公爵令息と彼を好きなライザ・サレー伯爵令嬢などが、スナイドレー教授と楽しく談笑して見せつけてくる。
相思相愛だとわかっているから以前のように辛くはないけれど。
授業が始まってから、フィロスは非常に忙しいようで、授業以外ではほぼ学院内でも見かけなくなった。
私も平日は授業がびっしりで予習復習に追われ、日曜日はエリザベスやジェニファーと街に出ることが多く、寂しく思う時間がないのが救いかも。
そういえば最近、何か国内が不穏な空気に包まれているようで、エリザベスが心配している。
エリザベスの父は王国騎士団長だし、婚約者が宰相なので、何かと情報が入ってくるらしい。
国境付近で暴動が起きているとか、それに便乗してプケバロス国がいよいよきな臭くなってきたとか、彼女が話をしてくれるので、少し心配だ。
学院内にはそんなきな臭い空気はまったくなく、平和そのものなのだけれど。
ある日の夜、なかなか解けない解析学の宿題にウンウンうなっていた。
すでに夜中を過ぎている。
あと1問で終わるのにその1問がどうしても解けない。
気分転換にお茶を飲もうとして手元のカップが空になっているのに気付いた。
お茶を入れようと書斎から居室に出たとき、廊下からノックがされたような気がした。
「え?夜中、だよね?」
出入りをする扉には廊下を確認する小さなのぞき窓がついている。
そっと覗き窓から見て、悲鳴をあげそうになった。
扉から廊下に飛び出す。
「フィロス!どうしたの!」
扉が開くと同時に倒れこむように入ってきたフィロスの顔は真っ青で、腹部に手を押し当てている。
その手に嵌めた手袋が真っ赤に染まり、血が滴っている。
居室に倒れこんだ彼が言う。
「上への階段を開いた。書斎の棚に、赤い蓋の薬瓶が…。」
最後まで聞かずに、私は彼の洋服を引き裂く。
脇腹を刺された?
出血がひどい。
傷口に両手を当てて、全魔力をそこに注ぎ込む。
「完全なる癒しを!」
真っ白い光が手からあふれる。
傷がふさがれば、注ぐ魔力が押し戻されるからすぐわかる。
それが押し戻されず、魔力だけがどんどん引き出されていく。
「やめなさい。君に負荷がかかりすぎている!薬を、上から…。」
「黙って!」
意識を傷口に集中する。
もう少し、もう少し…・。
軽く、魔力が押し戻される感覚。
よし、出血が止まった。
傷口もふさがったようだ。魔力をゆっくりと止めていく。
真っ白い光がおさまり、患部がはっきり見えるようになる。
「…火傷が、完治してない?…なぜ?」
「火傷?…ああ、そうか。使われたのは魔毒剣だ。魔力は、雷。」
真っ青になった。
…魔力による火傷と、毒。
あの薬しか、効かない!!!
フィロスに聞く。
「フィロスの書斎にある薬は、精霊の涙、ですか?」
「精霊の涙?いや、違う。普通の、傷をふさぐ薬だが。」
「それじゃ、治らない!」
私は居室の薬品棚に飛びつく。
立ち上がった時、魔力が少なくなっていたため、ふらっと眩暈がしたけれども、それどころではない。
私の居間はここで暮らした4年の間に錬金室に様変わりしていて、薬品棚、錬金釜、調合道具の並んだ机、と薬の調合用の部屋になっていた。
「月見草のしずく、雪花のエキス、ユニコーンの角…。」
貴重な調合品や、薬草、薬品を次から次へと調合用の机に置いていく。
机の上には調合辞典。
調合辞典の最後のページに、母が書いた精霊の涙のレシピメモが挟まっている。
そのメモを引き出し、それを見ながら、ふるえが止まらない手でそれぞれの分量を量り、錬金鍋に入れていく。
「あ、魔力が足りない…。」
唇を噛み、また、薬品棚に手を伸ばす。
これを使うと数日寝込むけれど、そんなことを言っていられない。
魔力回復のポーション。
ひと瓶、二瓶、飲み干す。
みるみるうちに魔力が戻ってくるのを待ってから、錬金鍋に向き合う。
「時の跳躍!」
時間短縮をかけながら、精霊の涙を調合する。
調合しながら、幼いころのあの光景を。母が私の前で泣いた日を。
…思い出していた。