わたしだけの図書室
このクリスタルネックレスは、手に握って、「ビビリオテーション」と唱えれば、図書室に瞬間移動する不思議な魔術具。
図書室のことは、「メイ・パラディース」と言っている。
「私の楽園」という意味だ。
お母様がそう呼んでいたので、私もそう呼んでいる。
このクリスタルネックレスは私だけが使えるもの。
お母様から譲られた唯一の、形見。
もともと、お父様のものだったらしいけれど。
ネックレスは、前の持ち主が譲る意思を持って引き継いだ時のみ、新しい持ち主に譲られるそうだ。
持ち主から奪っても使えないし、無くしたり奪われたりしても、知らないうちに、持ち主のところに戻ってくると聞いている。
…聞いているだけでなく、1度経験もした。
そう、あれは、侯爵家に初めて来た日、
「見苦しい格好だ、着替えさせろ」
という侯爵の命令で、ベッキーさんが私の洋服を着替えさせた時、ネックレスをしてるのに気づかれ、
「まあ!もしや、これは、リディアナ様の形見では?侯爵様にお渡しせねば!」
と無理やり奪われて、侯爵に渡されてしまったことがあった。
二度と戻ってこないと泣きながら眠った翌朝、目を開けたら目の前にネックレスがきらめいていて、びっくりして跳ね起きたことを思い出す。
しかも、ネックレスが私のところに戻ってきたことを、侯爵家ではだれも気が付いた人がいなかった。
それどころか、ネックレスがあったことさえ記憶に残っていなかった。
このネックレスをお母様に首にかけてもらったとき、突然頭の中に流れてきた唯一の情報が、「譲り方」だった。
それ以外の情報は何も得られなかったし、お母様も亡くなってしまって聞けない。
この図書室は中からは外の様子がよく見えるのに、外からは全く見えない。
それに気づいたのは、侯爵家で過ごすようになってすぐのことだった。
おばあ様から屋敷内をうろつくな。と厳命されていたため、自室から出ることがほとんどなかった。
それでも退屈しなかったのは、この図書室があったから。
いつものように図書室にこもって本を読んでいたら、突然、ベッキーが私を呼びに来たことがあった。
ネックレスを取られたときのように、図書室が見つかったら、図書室を取られてしまう!と恐怖で真っ青になったけれど、
ベッキーは私のすぐ近くまで来ても、私に気付かなかったのだ。
「ベッドの下に隠れている?いない。クローゼットは?」
とあちこちのぞき込むベッキーに、おそるおそる、
「ベッキーさん?私はここにいるけど?」
と声をかけてみたけれど、ベッキーは全く気付かなかった。
ベッキーが、
「ソフィア様が部屋からいなくなりました!」
と飛び出して行ったので、
ここに居たら私の姿も声も聞こえないし、図書室自体が見えないことを知った。
あの時は、ベッキーが居なくなったらすぐ、図書室から部屋に戻って廊下に飛び出し、部屋と反対方向に走っていったっけ。
自室にいたことを知られないように。
もちろん、走っているところを別のメイドに見つかって、おばあ様に屋敷をうろつかないという言いつけを破った罰で、初めて地下室に閉じ込められたのだった。
あの頃は、侯爵が生きていたので、鞭で打たれるなどの体罰は無かった。
この図書室の不思議な点はまだある。
勝手に本がどんどん増えるのだ。
いったい何百年前から存在しているのかわからないけど、私に読めない古語や外国語の本はもちろん、つい昨日発売された本まで、いつの間にか本棚に収まっている。
一度、部屋に果てがあるのかと歩いてみたことがあるけれど、途中で疲れ切って座り込んでしまったくらい、広い。
新しい本は、手前…入り口近くの本棚にどんどん増えていく。
その本棚がいっぱいになると、新しい本棚が出現している。
全く同じ形の本棚なので気付きにくいのだけれど。
図書室に入ったらまず、一番手前の本棚のチェックが必須だ。
それが終わったら、ぽつんと一つだけあるキャレルに移動して、座って読みたい本を口に出して呼び出す。
「ジム・ドルフの『花言葉は永遠に』という本。」
と本の題名を言えば、その本が机に現れる。
題名がわからなくても、
「水の魔術の初心者向けの、図が多い、ランドール語で書かれた、最近5年以内に刊行された本。」
とか、とても細かく条件を指定すれば、そのテーマの本が机に現れる。
最後に「本」を付けるのがルール。
最後に「本」を言い終わると、言った条件に該当する本が目の前に現れるのだ。
本棚を探し回る必要がない、便利な図書室。
でも、最初に選んだときは、ひどい目にあった。
うんと小さい頃はお母様と一緒にここに連れてきてもらえていて。
お母様が本棚を調べている間に退屈して、ふと
「まじゅつの本。」
と言ったら、机の上の本があっという間に、自分の身長より高く積み上がり、積み上がりきれない本がどんどん机から落ちて、危うく本に押しつぶされて死ぬところだった。
お母様がその時は近くにいて、私を急ぎ抱き上げて、図書室から脱出してくれたから、怪我もなく無事だったけど。
お母様から、こんこんと、条件をたくさん付けて言うか、本の題名を言わないと。って怒られてしまった。
読み終わったら床に積んでおくと、いつの間にか消えている。
自分で本棚から持ってきた本でも同じ。
床に置いておけば、持ってきたときと同じ場所にしっかり戻っている。
キャレルの机の上に置いた本はそのまま残る。
この図書室やクリスタルネックレスって、いつからあるんだろう。誰が作ったんだろう。
このネックレスみたいな魔術具は他にもあるんだろうか。
興味を持って、思いつく限りの条件で本を探してみたけれど、知りたい情報が載っている本はまだ見つけられていない。
いつか、わかる日がきますように。
ソフィアだけが使える図書室の説明でした。
次回、ちょっとだけ、学院のオリエンテーション。