リチャードの失恋
リチャードと一緒に学院に隣接する小さな庭園を歩く。
冬枯れした庭園は寒々しく、他の生徒がいない。
ガゼボに到着した私達はそこで足を止めた。
「休み中、父と一緒に婚約を申し込みに行ったんだけど、許婚が決まっているから、と断られた。」
いきなり、本題に入られる。
「相手が誰か父が聞いたけれど、教えてもらえず。」
彼の目が私の左手に注がれる。
「立ち聞きになってしまって、申し訳ないけれど、聞こえてしまった。…ひとつ、教えてほしいんだ。家の都合で、許婚を押し付けられていないか?もし、そうなら、解消させるように動くんだけど。」
リチャードが私の目を覗き込んでくる。
その目には心配と、私を気遣うやさしい光があふれていた。
「ありがとう。リチャード。心配してくれて。大丈夫。私が自分で選んだから。」
リチャードが、ため息をつく。
「正直、君のその言葉を信じていいのか、自信がないんだけれど。ダングレー侯爵夫人は、あきらかに君を嫌っているように見えた。」
するどい。
おばあ様は外面的には、それを隠していたはずだ。
「…侯爵家に何か問題があって、例えば、借金があるとか、そういうのを助けるために、君が犠牲になってるというわけではないんだろうね?」
リチャードは、やさしい。
本当に、良い人だなあ。と思う。
フィロスのことが無かったら、この人に惹かれていた、と思うくらいに。
「心配してくれて、本当にありがとう。でも、そういうことは全然無いから。」
「そうか…。」
リチャードはまた、ため息をつく。
「そっか。失恋、確定?」
「ごめんなさい…。」
「いや、いいんだ。君が幸せになれるなら。しょうがない。でもさ、何かあったら、相談して?そんなこと無いにこしたことはないけれど。」
「ありがとう。」
「よしっ!…あ、そうだ。グレー教授に戦闘魔術の個人授業、頼んでたんだ。行かなくちゃ。」
リチャードが取ってつけたような言い訳をして去っていく。
私のことを一言も責めなかった。
本人は言いたいこと、たくさんあっただろうに。
私の周りって、本当にやさしくて良い人ばかりだ…。
「ここにいたら、凍えちゃう。」
ぶるっと軽く震えが来たので急ぎ、庭園に最も近い裏口から校舎内に小走りで駆け込む。
まだ授業が始まっていないので誰も廊下には居なかった。
しんと静まる廊下をそれほど歩かないうちにいきなり、私は口をふさがれ、おなかに手をかけられて、どこかの教室にひっぱり込まれた。
「!!」
悲鳴をあげようとして、声にならない声をあげたところに
「ソフィア」
頭上からよく知った声がして、口元をふさいでいた手が離れる。
「え?え?フィロ…、じゃなかった、スナイドレー教授?」
びっくりして見上げた瞬間、上からいきなり唇をふさがれる。
「んーーーーー!-----!」
誰かこの教室に入ってきたらどうするのだ。
必死で逃れると、彼が険しい顔をしていることに気付く。
「モントレーと何を話していた?」
「はい?」
「2階の窓からたまたま庭園を見下ろしたら、ガゼボに2人がいたのが見えた。」
「ああ!心配してくださっただけです。」
祖母のところに来てくれたところから説明する。
けれども、話を聞いてもフィロスの怖い顔は変わらない。
「スナイドレー教授?」
「…異性と2人きりは、許さない。」
「でも?」
またもや、唇をふさがれ強く抱きしめられる。
息ができない。
「異性と2人きりにならないと、誓え。」
「絶対に、とは言い切れないけど、なるべく、そうします。」
険しい顔がますます険しくなるけれど、困る。