執事の安心
「フィロス様、不在中の手紙をお持ちしました。」
執事のフィデリウスが書斎にトレーを片手に入ってくる。
「ああ、そこに置いてくれ。」
「承知しました。」
フィデリウスが公爵の左手の指輪に目を止める。
「正式にご婚約なされたようで、おめでとうございます。」
「ん、ああ。」
フィロスは左手を軽く持ち上げ、ちらっと指輪に目を走らせる。
「フィロス様のことを大事に思ってくださるお嬢様で、わたくしも肩の荷が下りたような気がいたします。」
「フィデリウス?」
「今日、フィロス様が夕食までに帰ることを伝えたら、お嬢様はそれからずっとドローイングルームの出窓にしがみついていました。よほど、フィロス様に会いたかったのでしょうねえ。」
「なっ!それで体が冷たかったのか?なぜ、温かい部屋に連れて行かない!」
「そして、雪がひどくなったら、わたくしに、食堂と書斎の暖炉の火を強くするようにとお命じになられ、さらに、熱い飲み物も用意するように、と心配りをされました。」
「…!」
「良かったですねえ。おぼっちゃま。おぼっちゃまを大事に思ってくださるお嬢様が見つかって。」
「おぼっちゃまはやめろ。お前といい、マーシアといい。」
「ふふふ。そうですね。もう、おぼっちゃまとは呼べませんね。ご婚約がお決まりになったのですから。」
フィデリウスが姿勢をぴんと正す。
「フィロス様、この度の慶事、心よりお喜び申し上げます。」
丁寧にお辞儀をする。
「フィデリウス。ありがとう。…これからも、頼むぞ?」
「謹んで、承ります。…では、お休みなさいませ。」
フィデリウスが退室してから、フィロスは口元に手を当てる。
顔がなぜか熱くなっているのを感じてとまどう。
「私を、待っていてくれた、のか…。」
心の中にあたたかな色の炎がともったような気がする。
もしかしてこれが幸せという感覚なのだろうか。
幸せなど、もはや自分には縁がないと思っていた。
リディアナと出会って彼女と一緒にいた時は楽しかった。
だから、彼女が欲しかった。
でも、楽しかった時間はあっという間に過ぎていつの間にか、リディアナの笑顔は消え、泣き顔しか見られなくなり、それでも彼女を離したくないと思っていたのに、自分の前から彼女は姿を消した。
彼女が亡くなってからは何も感じないように心を閉ざして生きてきたけれど。
リディアナ以外の女性と知り合う機会が無かったわけではない。
リディアナとの婚約破棄後、4大公爵家の跡継として無理やり、いろいろな女性とお見合いもさせられた。
公爵夫人の地位に野心を持ち、媚を売ってきた女性も彼の前では恐れから目を伏せ、びくびくとし、冷酷な態度に心を折られ、誰一人として、彼の元に残ったものはいない。
それなのに、ソフィアはそんな彼にまっすぐ、飛び込んできた。
つーっと目じりからあたたかい水が流れる。
フィロスは上を向き、目をつぶって目頭をぎゅっと押さえる。
「私が幸せになることを許してくれるか?…リディアナ?」