正式なプロポーズ
食事を済ませてからまた、フィロスの書斎に戻る。
暖炉の前に3人掛けのソファが置かれている。食事中に使用人のだれかが動かしてくれたようだ。そのソファに2人で並んで腰かけた。。
「あの、明日からはここにいらっしゃいます?」
「ああ、学院に戻らないといけない日まで、ここに居る。…約10日か?」
「良かった。」
ほっとして、彼に笑顔を向ける。
「…少し、待っていて。」
彼が書斎の机に歩いて行き、抽斗を開けて何かを取り出して戻ってくる。
「これを。」
差し出されたのは、手のひらにすっぽり収まるくらい小さな宝石箱。
白金にシードパールと小粒のダイヤが埋め込まれ、暖炉の炎を反射してきらきらしている。
「え?」
「開けてみて?」
宝石箱を受け取り、そっと蓋を開けてみる。
ブラックダイヤが嵌まった白金の指輪が真紅のビロードの上に2つ並んでいた。
思わず、息をのむ。
「ソフィア。あらためて、君に申し込もう。私と結婚してほしい。」
涙腺が緩み、ぽろりと涙が一粒こぼれる。それを振り払うかのように、こくんと大きくうなずく。
「…指輪。嵌めてくださいますか。」
「ああ。」
フィロスが細く長い指で、指輪を1つつまみあげると、私の左手の薬指に指輪をすっと嵌めてくれるのを見る。
そういえば、学院ではいつも白い手袋をしているので直接、彼の手を見るのは初めてだ。綺麗な手だな。と思わず、みとれる。
指輪自体が魔道具なのだろうか。嵌まった瞬間、指に吸い付くようにぴたっと納まった。
「もう一つの指輪は、教授、じゃなかった、フィロスの、ですよね?」
フィロスがうなずく。
「私にも嵌めてくれるか?」
ドキドキしながら、そっと指輪を手に取り、フィロスの左手の薬指に滑らせる。
嵌めるときは少し大きく感じたけれど、嵌め終わった瞬間、しゅるんと吸い付くのが見えた。
「この指輪…?」
「公爵家に代々伝わる指輪だ。8家はそれぞれ固有の色を持つ。スナイドレー公爵の色は黒だ。だから、ブラックダイヤが使われている。指輪自体には公爵家の家紋である蛇とバラが透かして見れば、見えるはずだ。」
指輪を天井の照明の方に向けて透かして見る。
どういう仕組みかわからないけれど、白金の中に蛇とバラがからみついている模様がうっすらと見えた。
普通に見ただけでは、すべすべしてなめらかな白金のリングなのに不思議だ。
ブラックダイヤも非常に透明で、灯りを反射して煌めく。
あまりにも美しく、微かにため息がこぼれた。
「ソフィア?指輪が気に入らないなら、別のものに変える?」
ため息が誤解させてしまったようだ。
彼の顔が不安そうに曇っている。
「いいえ。あまりに美しいので感動しただけです。それに、…こんな素敵な指輪、何か、わたくしにはふさわしくない気がして。」
少し、うつむく。
と、顎がつままれて顔を上に向けさせられる…。
同時に、口づけを受けていた。
思わず後ろに離れようとしたら、フィロスの両手が私の両頬をおさえ顔が動かせない。
やわらかくて、あたたかい、感触。
何度も、ついばむように触れる、唇。
力が抜けていく…。
そのあと、どうやって寝室に帰ってきたか、よく覚えていない。
抱き上げて運んでもらった気がするのだけれど。
そのあと、マーシアが寝巻に着替えさせてくれて、ベッドに入れられたような?
翌朝、目を覚まして熱がありそうだと思った。
熱い額に手を当てて、昨夜のことを思い出すとまた身体中が熱くなる。
熱くてぼーっとしながらも、左手を飽きずに見る。
まだ薬指に違和感があるけれど、それが幸せの重みなのだと思える。
そっと、ブラックダイヤにキスを落とし、うとうとと夢の中に落ちていった。
ランドール国は婚約時、お揃いの指輪を嵌めます。婚約は仮の結婚契約の意味を持つからです。結婚式でその指輪を外し、結婚指輪を嵌めます。正式な契約の完了です。また、目立つ宝石を使うのは、婚約指輪だけ。それは周囲に結婚が決まったことを知らせるためです。結婚指輪は宝石を使わず貴金属だけのシンプルなものになります。貴族の女性はドレスに合わせて指輪の宝石の色を変えるから、当たり前ですね。結婚後、婚約指輪は大切に仕舞われます。
ただし、それは貴族の話。さすがに、平民はそれほど金銭的余裕がないので、婚約指輪が結婚指輪になることが珍しくありません。