名前で呼ぼう
たいして待たないうちに、首の詰まった白いシャツの襟に黒のクラバット、黒いズボンに着替えた教授が戻ってくる。
ジンジャーティの入ったカップを教授に渡した。
「おかえりなさいませ。帰ってきてくださって、うれしいです。」
「ああ…。」
教授がカップを受け取りながら、とまどった表情を浮かべる。
「教授?」
「あ。すまない。その、誰かに待っていてもらえたのが、初めてで。」
教授が私の手に触れ、ほっとしたように言う。
「あたたかくなったな…。」
「教授の手が…冷たいです。」
びくっと、教授が私から手を離す。
「すまない。」
軽く首を横に振り、教授の両手を私の手で包み込む。
「お仕事、お疲れ様でした。わたくしの手はあたたかいですか?教授の手があたたかくなるまで、こうしていますね?」
「ソフィア…。」
手がふりほどかれ、教授に抱きしめられた。
「早く、会いたかった。」
人に抱きしめられるって、こんなに安心するんだ。
ぎゅっと目をつぶる。
お母様には毎晩、抱きしめてもらったっけ。
でも、あの時とは違う種類の、幸せ。
そっと、スナイドレー教授の背中に手をまわした。
一瞬、教授がぴくっと身体を震わせたけれど、すぐに彼の抱きしめる力が強くなる。
どれだけ、そのまま、じっとしていたのだろう…。
ばちっと暖炉の薪がはぜる音が大きく響き、はっと我に返って思わず教授から離れる。
「あ、そうでした、夕食に行かないと?教授、おなかすいてますよね?」
どんな顔をして教授の顔を見ればよいかわからなくて、彼から背を向け、扉に向かってとってつけたように言う。
と、ふわっと、後ろからまた抱きしめられる。
「フィロスと。」
「え?」
「教授じゃない。フィロスと名前を呼んでくれ。」
「えええ…。」
「呼ぶまで、離さない。」
「え、と?…フ、フィロス様?」
「様、はいらない。」
「いきなり、無理ですっ!」
ぎゅっと締め付けるように抱きしめる力が強くなる。
頬に柔らかい何かが押し付けられている。
え…?もしかして、キスされている?
「フ、フィロス!」
ふっと後ろで笑い声がこぼれ、拘束を解かれた私の前に手が差し伸べられる。
「食堂に行こうか?」
熱く火照る顔をどうにかしたいと思いながら、彼の顔が恥ずかしくて見られず、
「い、行きましょう!」
と彼を置いて駆けだした。