寮室にて
私は天蓋付きの大きなベッドに身を投げ出して、ぐったりしていた。
朝からあまりにも驚くことが多すぎた。
地下室で縛られて、もう学院には行けないと絶望していたら、突然やってきたグレーさん。
初めての転移は少し気分が悪くなった。「転移酔い」というやつだろう。
炎の門なんて初めて見た。あれ、本当に炎だろうか?
炎の形をした龍だったんだろうか?
案内者って何?
学院の塀って何で、できてるの?
門をくぐったら、なぜ、街が消えちゃったの?
いや、見えなくなったのかな?
そういえば、この尖塔の窓からも街が見えない!
うっそうと茂った森に囲まれているようにしか見えない!
この塔も不思議。魔術でできているのかなあ。
扉にはドアノブが無く、どうやって入るのか、初めわからなかった。
扉に手をふれたとたん、手から魔力が引き出され、内側に音もなく開いたのにはびっくりした。
寮室というから、質素な狭い部屋を想像していたのに、侯爵家であてがわれた自室より、はるかに広い。
廊下から入ると、4人掛けのラウンドテーブルが真ん中にある円形の居室になっていて、その居室には、ドアが3つ。
右側のドアの部屋は、本が四分の一ほど入った本棚と机がある勉強部屋。
真ん中のドアの部屋は、今居る天蓋付きの大きなベッドがある寝室。
左側のドアは、クローゼットとバスルームにつながっていた。
クローゼットには、制服が一式かかっているだけだったけど、侯爵家と同じようなものだ。私が持っている洋服は曾祖母の時代の喪服だけだったから。
お父様とお母様はどの塔だったんだろう…。
お父様は私が3歳の時に事故で亡くなったから、記憶がほとんど無い。
侯爵家には、5歳の時、お母様に連れられて来た。
お母様は侯爵に私を渡したら、その場で崩れるように亡くなってしまった。
自分の命がもうまもなく尽きるとわかっていたから、最後の力で連れてきてくれた。
そうでなかったら、私は子供一人で生き延びられなかっただろう。
たとえ、そのころから、少しばかり魔術が使えたとしても。
むくりとベッドから起き上がり、洋服の下から透明なクリスタルのついたネックレスを引き出し、クリスタル部分を両手で包み込んで、つぶやく。
「ビビリオテーション」
その瞬間、いつも通り、図書室…図書室というにはあまりに広大だけど…に立っていた。
目の前には透明なドアと壁があって、壁の向こうに、さっきまで横になっていたベッドが見える。
この図書室という部屋の隣に寝室がくっついている感じ。
「…。うん。ここでもこの『メイ・パラディース』に行けるね。良かった。」
メイ・パラディース。孤独な幼少時代、彼女の心を守った場所。