傷の癒し
ゆらゆらと温かいところを漂っている気持良さを感じて、うっすらと目をあける。
「え?」
緑色のお湯の中に、私はいた。
「お目覚めでしょうか。」
横から声がかかり、声がした方を見ると、がっちりした体格の50代くらいの女性が微笑みかけてきた。
「傷を癒す薬湯に入っていただいています。薬はフィロス様が調合されたので、効果は高いですよ。…傷が目立たなくなってきてます。痛みはどうでしょうか。」
体を動かしてみる。
「痛み…、はい、ほとんどありません。」
「ああ、よかった。ひどい傷でしたからね。もう少し、浸かっていてくださいませ。」
お湯から手を出してみた。痕が残るかもと心配した、ひどいミミズばれも消えている。
顔の傷は?
手で自分の頬を触ってみる。…すべすべしている。
「お顔の傷は薬湯に入っている間に、薬を染み込ませた布を当てさせていただきました。綺麗に治っていますので、ご安心くださいませ。顔は女性の命ですもの。最初に治さなくては、ね?」
女性が笑いかけてくる。
「ありがとうございます。あの、あなたは?」
「ああ、申し遅れました。わたくしはマーシアと申します。もとはフィロス様の乳母で、フィロス様が当主になられてからは、女中頭を務めさせていただいています。ソフィア様のメイドも務めさせていただきますね。」
丁寧にカーテーシーを取って挨拶をしてくれる。私もあわてて立ちあがってお辞儀をしようとして、止められる。
「だめですよ。まだ浸かっていてくださいまし。」
全身がふやけてしまうのではないかと思うほど長時間、薬湯に浸かり、ようやく出る許可が出て立ち上がると、マーシアがすばやく、足元までの長いバスローブをはおらせてくれる。
「薬をふき取らないように、と指示をされていますので、タオルを使わないことをお許しくださいね。」
「いいえ、お気遣い、ありがとうございます。」
「御髪を乾かしましょうね。」
髪がきれいに梳かされてから、
「おなかがおすきでしょう。そろそろ夕食の時間ですが、召し上がられそうですか?」
侯爵家を出てきたのは朝だったので、もう夜だということにびっくりする。
「そう、ですね。おなかが空いた実感がありませんが、食べられると思います。」
「食堂に用意されておりますが、お疲れでしたら、ここまでお持ちします。どうされますか?」
わざわざ運んでもらうなんて、恐れ多い。
「食堂に伺います。…あの、教授は?」
「フィロス様でしたら、食堂にいらっしゃるはずですよ。では、お召しかえをいたしましょう。」
浴室の隣の部屋に連れていかれる。
クローゼットルームになっていて、ドレスがたくさんかかっている。よく見ると、子供サイズから成人サイズまで、サイズごとに並んでいる。
「お客様用に、いろいろ揃えていらっしゃるのですか?」
気になって聞いてみる。
「いえ。…これは、リディアナ様にと、フィロス様が毎年、ご用意されたドレスです。」
「え…。」
「リディアナ様には、これらの洋服をお召しになっていただけませんでした。使われずにそのまま、ここに。でも、それが今回役立ちそうで良かったですわ。」
お母様に贈られた、ドレス。
こんなにたくさん。一度くらい、着てあげれば良かったのに…。
黙り込んだのを見て、気を悪くしたと思われたのだろうか。マーシアが焦ったような声をかけてきた。
「申し訳ございません。お古なんて着たくありませんよね。」
「あ、いえ、違うのです。」
「明日、仕立て屋を呼んでいます。今、この屋敷には、ソフィア様に合いそうなドレスがここにしかございません。今日だけ我慢してくださいまし。」
「違うのです。どれも素敵なので着てみたいです。わたくしに合うドレスがあれば。…ただ、お母様、1度くらい着てあげれば良かったのに。と考えていました。」
「そうでしたか。」
ほっとしたように、マーシアが笑顔を見せる。
「ソフィア様は御髪が紺色ですので、どの色のドレスもお似合いになりますよ。…とはいえ、今は傷が癒えたばかり、ゆったりした締め付けないドレスが良いでしょうね。」
マーシアが水色のシフォンでできたドレスを着せてくれる。
1人で着られると言ったけれど、ボタンが後ろについているので任せるようにと言われ、仕方なくお願いする。
とても軽い生地。ウエストはサッシュで絞るタイプ。それをゆったり結んでくれたので、締め付け感が全くない。
「では、食堂までご案内いたしますね。」