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魔術師ソフィアの青春  作者: 華月 理風
魔術学院3年生
63/172

ダングレー侯爵家との別れ



 リチャードが訪問してきた日から、3日後。

また階下が騒がしくなった。

窓から外を見たけれど、馬車は来ておらず、おばあ様の具合でも悪くなったのかしら?と思っていたら、先日よりは早く、階下が静かになり、やがてまた、おばあ様が荒々しく入ってきた。

その手には、革の鞭が握られている。

今まで、木の枝の鞭は受けてきたけれど、革の鞭を見たのは初めてで、びくっと身を震わせる。


「お前は!なんという…おそろしい、淫売なの!」


 鞭が、頬から上半身にかけて振るわれ、ビシッ!と、皮膚が裂ける音がする。

木の鞭とは違う、受けたことのない、痛み。


「モントレー様だけでなく、ライドレー様、までも、なんて!」


 リュシュー先輩、またいらしたんだ?

そう思う間もなく、鞭がまたもや、私を切り裂く。


「ライドレー様にも、お断りしました!…ベッキー!ガレー子爵に、連絡して!明日にでも、そちらにこの女を渡します。と。婚姻の書類は数日あれば手に入るでしょう。急がせなさい。まだ学生だから、学校が始まったら学院に行かせねばならないけれど、学院の規則には未婚に限る。とは書いてないから、問題ないでしょう!これ以上、男漁りはさせません!」


「おばあ様!嫌です!ガレー子爵のところになんて、行きたくありません!」

「お黙り!」


容赦なく、鞭が唸り、皮膚を切り裂く。


「お前なぞ、お前なぞ、生まれてこなければよかったのですっ!」


何度目かの鞭が、頭上に振り上げられた瞬間。


吹き飛べ(マイト・ヴァランス)!」


おばあ様が私の後方に吹き飛んで、壁に激突した。


「ソフィア!」


駆け寄ってきたのは、スナイドレー教授。

血に染まった私を見て、スナイドレー教授の顔が、ゆがむ。

自分が着ていた黒いマントを私に掛け、ベッキーに助け起こされているおばあ様をキッと、睨む。


「誰です!我が家に、案内もなしに侵入するのは!」

おばあ様が、どなる。

「…お久しぶりです。ダングレー侯爵夫人。」

「あ…!フィロス!」


おばあ様は、さっと、なつかしそうな笑顔を浮かべて、よろめきながらも、スナイドレー教授に駆け寄る。


「まあ、まあ、何年ぶりかしら。お顔を見せて?リディアナがいなくなってから、あなたにも会えなくなって。ごめんなさいね。リディアナが、あなたにひどいことをして…。」


スナイドレー教授の顔はこわばったままだ。

「ダングレー侯爵夫人。いったい、彼女に何をしているのです?」

「ああ!」

おばあ様は、スナイドレー教授に笑いかける。

「この淫売が、学院で、貴族の子息を2人も誘惑していたので、罰していたところですわ!」

「誘惑…?」

「ええ、ええ、リディアナを誘惑したあの男の血でしょうね!でも、心配しないで。この娘は、ガレー子爵とすぐに結婚させますから!」

「ガレー子爵だと?」


スナイドレー教授の怒気に満ちた声に、さすがのおばあ様も、はっと笑顔がこわばる。


「そのようなことは、私が認めぬ。」

「フィロス?何を言っているの?あなたも、リディアナを不幸にした、あの男が憎いでしょう?あの男の娘など、どうなってもいいでしょう?」

「リディアナは、不幸になど、なっていなかった。」

「フィロス?」


「ダングレー侯爵夫人。ソフィアは、どこにもやらない。私が、もらう。」

「なんですって!?」

「あなたは、リディアナがスナイドレー公爵家に嫁いだら、侯爵家に箔が付くと喜んでいただろう。であれば、孫娘が嫁いでも箔は付く。問題ないでしょう?」

「ふ、ふざけないで!その子は、あなたに渡しません!保護者の許可なく、貴族は婚姻できません!」

「ソフィアは魔力持ちだ。貴族法の管轄外になるから、婚姻にあなたの許可は不要。それに、本気で、私…4大公爵の1人であるスナイドレー公爵当主にたてつく覚悟はおありか?」


ぐっと、おばあ様が詰まる。

「フ、フィロス?どうしちゃったの?あなたまで、その女に篭絡されたの?魅惑の魔術でも、かけられたの?」

「魅惑の魔術?私にはそんなものは、効かぬ。3年間、彼女を見た上で、私が自分で判断した。」

「フィロス!」


 おばあ様の笑顔が消え、スナイドレー教授を見る目に憎悪がこもる。


「…あなたのお気持ちは、よくわかる。私も、そうだったから…。」


スナイドレー教授は、おばあ様から、すっと視線をそらして、つぶやく。

「ソフィアは、もう、あなたの前には現れないように、とりはかろう。」

「フィロス!」

「…眠れ(レクイエス)…。」


おばあ様が、がくりと床に崩れ落ちる。

眠りにおちたようだ。

あわてて、ベッキーがおばあ様を支える。


「夫人は眠っているだけだ。1時間もすれば起きるだろう。ベッドに寝かせてやれ。」

 ベッキーが慌ただしく、人を呼びに部屋を出ていく。


「ソフィア。」

スナイドレー教授に声をかけられる。

「荷物をまとめなさい。この屋敷には、もう、帰ってこないのだから。」


私の心が、ほわっと温かくなる。ここを、出ていくことができるんだ…。

「何もありません。」


スナイドレー教授が、室内にさっと目を走らせる。

「ここは、使われていない部屋だと思っていたのだが、君の部屋、だったのか?」

「はい…。」


スナイドレー教授は深いため息をつき、軽く頭を振ってから、私に近づいてきて、マントごと、ふわりと、スナイドレー教授に抱き上げられる。


「では、行こう。」

「あの、おろしてください。歩けます!」

「血まみれの姿で言われても、説得力は、無い。」



玄関から門の外まで出ると、少し離れたところに家紋が付いていない小型の黒い馬車が止まっていた。

馬車の扉を御者が開けてくれ、スナイドレー教授が私を馬車の座席におろす。そして、彼も乗ろうとしたところを、走ってきたベッキーが呼び止めた。


「お待ちくださいませ。」

「…まだ、何か?」

「ソフィア様にお渡しするものがあります。」

「わたくしに?」


ベッキーがハンカチを私に差し出してくる。

何か包まれているようだ。そのハンカチを私に押し付けるように渡すと、ベッキーはくるっと踵を返して、屋敷内に駆け戻っていく。


馬車が走り出してから、私はハンカチをあけてみた。


「これは!」

ラピスラズリのネックレス。お母様の、形見…。

「…そのネックレス、見たことがある。リディアナが学院で、毎日付けていたものだな?」

「はい。」

「そうか…。形見か。戻ってきて、良かったな。」


私はハンカチごとネックレスを頬に押し当てて、嗚咽した。



 ふわりと浮き上がるような感覚に驚いて、窓の外を見る。


「え?浮いている?」

「ああ、この馬車はペガサスにつないでいるからな。」


 さっき見たときは普通の馬だった。首をかしげると、スナイドレー教授が教えてくれた。


「ペガサスの羽は折畳むことができるし、その時は視覚阻害の魔術をかける。羽が見えないように。…仕事柄、国外にもよく出ることがある。そんな時は時間短縮のため行けるところはペガサスで。空を飛ぶとまずい所は普通の馬車と同じように街道を走らせる。目立たずに行動することが必要だから。」


 なるほど、それで、馬車には家紋も付いていなかったのか。


「どこまで、行くのでしょうか?」

「首都ランズを離れ、私の領地の屋敷まで。普通に街道を走らせたらランズから2日かかるが、空からなら2時間くらいで着くだろう。痛むだろうが、少し寝なさい。…すまない、私は治癒魔法が使えないので、癒してやれない。」

「大丈夫、です。わたくし、自分で使えます。」

「今はダメだ。出血が多いし余計な力は使うな。とにかく、寝なさい。」

「はい…。」


 緊張の糸が切れたから、だろうか。眠くなってきて、まぶたがゆっくりふさがっていく。


「間に合って、良かった・・・。」


 どこか遠くに、スナイドレー教授の声が聞こえた。



 ベッキーは、おばあ様が、独身時代から付いている侍女なので、おばあ様第一で生きてきました。でも、ソフィアを心底、憎んでいたわけでは、ありません。

 ダングレー侯爵家から、ソフィアは、自由になりました。本編では、ダングレー侯爵家は、もう出てきません。

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