森の湖にて2
湖の岸辺で苔むした岩に2人で座り、スナイドレー教授が私の片手をそっと握ったまま、湖に視線を向けて、ぽつぽつと話をしてくれた。
学生時代から、ずっと今も、ステラ塔に住んでいる。
学生時代は、ステラ塔に、私の父、アクシアス・プラエフクトウスもいた。
今、ステラ塔にいるのは彼と私の2人しかいない。
アクシアスとは何度も、学院に内緒で決闘をして、勝負がつかなかった。
私の優秀さは、たぶん、アクシアスに似たのだろう。
なぜなら、リディアナはAクラスに在学し続けたけれど、ぎりぎりの成績だったから。
でも、治癒魔術だけは、ずば抜けていた。
それなのに、なぜ、私は彼女が治癒師になりたいという希望を許さなかったのだろう?
「私は、意地になっていたのかもしれない。」
ぽつりと、スナイドレー教授はつぶやいた。
「リディアナを愛していると、思い込んでいただけなのかも、しれない。リディアナを幸せにできるのは自分だけだと、うぬぼれていた。でも、リディアナ自身をちゃんと見ていなかったんだ、と今は、思う。」
「リディアナは、幸せ、だったんだろうか…?」
「わたくしが覚えている母はいつも笑っていました。小さな治癒院は多くの人が来ていて、母が慕われていることを、子供心に誇らしく思っていました。…そうですね、きっと、母は幸せだったと、思います。」
「そうか…。それでも、あの時に、彼女の手を離していれば、リディアナは死なずに、今頃、フォルティスで元気に笑っていられたかもしれないのだな…。」
スナイドレー教授は私の顔をのぞきこんだ。
「約束、しよう。リディアナは、私が君と一緒になることを望まないかもしれないけれど、でも、きっと、君を幸せにして…、いつか、あの世で、リディアナと再会した時は、一発なぐられるくらいで済むようにする。と。」
「お母様は教授をなぐったこと、あるのですか?」
「何度もね。彼女は本当にお転婆で、気が強い子だったからね。」
スナイドレー教授が、微笑む。
「笑った!」
「え?」
「あ、ごめんなさい。教授の笑顔、初めて見た、と思って。見られて、うれしいです。」
「笑った…、そうか…。ありがとう、ソフィア。」
ずっと2人で肩を寄せ合って湖を見ていたら、突然、鳥が飛び立つ音がした。
見上げれば、何羽もの鳥が列を作って、ねぐらに帰っていく。
「すまない、夕方になってしまった。おなかが、すいただろう?」
「おなかが、すいたことも忘れてました。」
スナイドレー教授が、また、微笑む。
「すぐに、思い出すだろう…。寮室の近くまで送る。」
森をもう少しで抜ける、というところで、スナイドレー教授は立ち止まる。
「今年いっぱいは、やることが多くて時間が取れない。でも、来年になったら、冬休みが終わる前に、ダングレー侯爵家に伺おう。正式に婚約をお願いするために。」
顔が熱くなる。
「ソフィア?それで、良いかな?」
「…はい。お待ちしています。」
「ありがとう。さ、行きなさい。私はまだ、やることがある。」
「あの、お気をつけて。」
「…ありがとう。」