2人からの申し出
お母様の日記は、どこにでもいる普通の女の子の日記だった。
お友達に囲まれて、好きな人と笑い合って。未来の夢を語って。
違うのは、貴族として生まれたのに親の言いなりにならず、自分の意思を貫き通したことだろう。
お母様は、小さいころからの夢の通り、治癒師として働いていた。
小さな家は、薬草が入った瓶がいっぱいで、具合の悪い人がいつも、お母様に助けを求めてきていた。
お母様は、自分の夢をかなえ、愛する人と幸せだったんだ。
それがとてもうれしくて、日記をぎゅっと抱きしめる。
スナイドレー教授は不器用な人だと思う。
もしくは、4大公爵としてしか、生きられなかった人なのかもしれない。
それでも、スナイドレー教授は彼なりにお母様を愛して、そして、今も愛しているんだろう。
…私が入り込む隙間は無いのかもしれない。
でも、私はあきらめない。
私は、お母様とは違う。
お母様とは性格も、容姿も、違う。
だったら、私を、私自身を、見てもらおう。
私の夢は、スナイドレー教授が笑って過ごせること。あんな暗い顔をしていないで、幸せというものを、もう一度、掴んでもらうこと。
…決めた。
明日から毎日、スナイドレー教授のところに放課後、寄り道しよう。
近寄るなと言われたけれど、聞こえなかったふりをしよう。
今までは、薬学魔術の話しかしなかったけれど、とりとめもない、おしゃべりも、してみよう。
ところが、突然。
翌日、スナイドレー教授が1か月ほど国の仕事で学院を不在にする、という連絡があった。
不在の期間は、学院長が代理で授業をするのだという。
この学院の教授は教職が本業ではないので、本業がある時は、自習になる。
今まで、何度も自習があったけれど、1か月という長期の不在は初めてだ。
「ソフィア、ちょっと時間もらえない?」
11月下旬のある日、寮に帰ろうと外に出たら、リュシュー先輩に呼び止められた。
「少しだけ、なら…。」
「うん、少しでいいよ。ティーサロンに行こうか?」
ティーサロンなら人目があるし安心だろう。
「はい。」
ティーサロンで窓際に座り、リュシュー先輩が紅茶を持ってきてくれる。
「僕の卒業まで、あと1週間くらい。後期試験の10日前が卒業式だからね。卒業後は、魔術庁に勤務するので、君とも、なかなか会えなくなりそうだ。」
「魔術庁に決まったんですね。おめでとうございます。ご希望のところでしょうか。」
「うん。魔術庁長官の直下。具体的な部署名は守秘義務で言えないけれど。」
「え?魔術庁長官の?すごい!」
「ありがとう。」
リュシュー先輩は微笑む。
「ねえ、ソフィア。今年、君と二人きりで何度も話そうとして、でも、チャンスをもらえなくて。僕は来月以後、君と会うチャンスが、ほとんど無くなる。」
「…。」
「ある意味、僕にとっては、今が君と話す最後のチャンス。…本当は、もっと別の場所で話したかったけれど、君は絶対に、2人で出かけてくれないだろう?」
「ごめんなさい…。リズ達と一緒なら、伺うのですけれど。」
「諦めが悪い、と自分でも思うけれど、僕は君がどうしても欲しい。父にも相談したが、君ならばと賛成してもらえた。」
困惑の表情が浮かんだのだろう。リュシュー先輩は苦笑する。
「君が入学してきてから、3年間、ずっと、君だけを見てきた。前に断られたけれど、どうしても、他の子のことを考えられなくて。」
リュシュー先輩が、私の目を覗き込む。
「それに、少なくとも、まだ、君は、フリーだ。…会えなくても、手紙を書くよ。君が、僕の手に入らないと確定するまで、諦めたくない。せめて、手紙のやり取りは許してほしい。…それだけ、今日は伝えたかった。」
私の回答を待たずに、時間を取らせて悪かったね。と、リュシュー先輩は去っていった。
リュシュー先輩の思想に共感できないし、彼に恋愛感情は持てないから手紙をもらっても困ってしまうのだけど。
「あれ?ソフィア?」
「あ、リチャード。どうしたの?」
「試験勉強で、さっきまで図書室にいたんだけど、腹減りすぎて。夕食まで持たねえ。スコーンでも、つまもうかと思ってさ。」
「夕食まで、あと30分くらいかと思うけれど?」
「その30分が持たないよ。…ところで、ちょうど良いところで会った。休み中、お前の家に行くからさ、侯爵夫人に、よろしく伝えておいてくれよ。」
「は?侯爵家に?」
「侯爵夫人に、お前との婚約を許可してもらおうと思って。親父も一緒に行くって言うし。要は、正式に申し込みってこと。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
「んー。前にも言ったけど、俺、お前が好きだし。だから、外堀から埋めようと思って?」
「そ、外堀…。ちょっと、困る!」
リチャードは、ふっと、笑う。
「俺、狙った獲物は、逃さないタイプなんだ。どうしても嫌だって言うなら、しかたないけど…。お前、少なくとも、俺のこと、嫌いじゃないだろ?他に好きなやつがいないなら、俺を見てほしいな、ってことで。」
じゃ、よろしく~と、手を振って、カウンターに去っていく彼を、茫然として、立ち尽くし、見送っていた。
「嘘でしょう?おばあ様のところに、モントレー公爵が、来る?」
毎回、試験が終わると、侯爵家の屋敷に帰るのが憂鬱だったけれど、今回はもっと憂鬱になりそうだ。
でも、あのおばあ様が、素直にモントレー公爵の言うことを承諾するとも思えない。なんとなくだが、断ってくれるような気がする。
「おばあ様が断ったら、リチャードは私を諦めてくれるかしら?」
「諦めるわけ、ありませんことよ?」
「きゃあ!…あ、リズ。」
「ごめんなさいねー。夕食なので探していたら、見かけて。立ち聞きするつもりはなかったのですけれど、聞こえちゃいましたわ?」
「リズぅ…。」
「リチャードは強引かもですが、良い方じゃ、ありませんか。家柄もよし、才色兼備で、みんなにも慕われている…。ソフィは、何が気に入らないのです?」
「う…。」
「…まあ、どうしても、ソフィが嫌なら、リチャードにちゃんと、二人きりでお話することね?」
エリザベスの言うことは、正論だ。