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魔術師ソフィアの青春  作者: 華月 理風
魔術学院3年生
53/172

憎まれる理由



 学院では、アムールの日の後、カップルが少し増えてにぎやかになってきた以外、特に変わったことはなかった。

当然、魔獣の話も全く無い。



放課後。

コンコン。薬学魔術教室隣の教授室の扉をたたく。


「スナイドレー教授。」

「出ていけ。」


あっという間に、廊下に移動させられる。

めげずに、何度も入室しなおす。

何度目かで、スナイドレー教授は怒りで顔を真っ赤にして、どなる。


「用も無いのに、うろちょろするな!嫌がらせか!」

「お礼に参りました。」

「は?」

「先日は、森の中で助けていただき、ありがとうございました。」


魔獣のことは言わずに、頭を下げる。


「…。助けた覚えはない。私は居てはならないモノを駆除しただけだ。」

苦虫を噛み潰した顔で嫌そうに、スナイドレー教授は言う。


「用がなければ、でてい…」

またも廊下に追い出されそうになった瞬間、教授の言葉を遮る。

「教えてください。」

「あ?」


「教授は、なぜ、わたくしが、嫌いなのでしょうか?」

単刀直入に聞く。

「教えてください。わたくし、直しますから。」


まっすぐに、スナイドレー教授の黒い瞳を見つめる。

しばし、固まっていたスナイドレー教授が、ふいっと視線を外す。

「嫌いなものに、理屈は無い。」

「いいえ。」


胸の前で両手を組み、訴える。

「わたくしが初めて、この学院に来た時から、教授には厳しい視線を向けていただいていました。でも、わたくしは教授に入学前、お会いした記憶がありません。なぜですか。」

「…」

「わたくしの両親が、原因ですか?」


がたん!と、スナイドレー教授の椅子が音を立てる。


「誰かから、何か、聞いたのか?」

「いいえ、何も。でも、わたくし自身が教授に会っていないのに、憎まれるとしたら、時期的に両親と何かあったのかと思いました。両親が何か教授に憎まれるようなことをしたんでしょうか。」


触れてはならない逆鱗に、触れたのかもしれない。


「そんなに知りたいなら、教えてやろう。」


スナイドレー教授が近づいてくる。

ゆらりと、殺気が漂っている。

知らず知らずのうちに後ずさるも、すぐに、どん!と壁に背中がついてしまう。


「お前はあいつにそっくりだ。アクシアス・プラエフクトウスに。」

…アクシアスはお父様の名前だ。

「アクシアスは、私のリディアナを奪っていった。」

…リディアナはお母様の名前だ。

「リディアナは生まれたときから私の許婚だった。私より2歳年下の、きれいな子。日の光をはじく金髪。明るい青空色の目。親が決めた許婚だったけど、淑やかでおとなしい彼女が大好きだったんだ…。」


一瞬、スナイドレー教授の目が優しく輝く。一瞬だけ。

すぐ、またその眼に憎悪の炎が燃える。


「彼女が学院を卒業したら、すぐ結婚するはずだった。それなのに。あいつが、アクシアスが、横から、彼女を奪っていった!」


思わず、口元を両手で押さえる。


「アクシアスに取られた後も、私はリディアナを忘れることができなくて…。アクシアスが死んだと聞いた時、私はリディアナに会いに行った。でも、会ってさえもくれなかった。手紙を出した。でも、返ってきたのは、拒絶。二度と関わらないでほしい、と。…そして、彼女は死んだ。」


ダン!と、私の顔の真横に、教授の拳が振り下ろされる。


「お前のその藍色の髪。金色の目。アクシアスの色、そのものだ。」

「お前を見るたび、私はアクシアスとリディアナが笑い合っている、あの光景が目の前に浮かぶ!あの二人をずたずたにしてやりたい、と。この手で破壊してやりたいと、何度も思った!」

「ああ、そうだな、今ここでお前を殺したら、あの辛い光景を思い出さなくなれる、だろうか?」


スナイドレー教授の右手が私の首にかかり、力が込められていく。

片手なのに凄い力だ。


「きょう、じゅ…。」


抵抗する気力がないまま息ができなくなる苦しみに、意識を手放しかけた時、突然、息苦しさが楽になった。

首から、スナイドレー教授の手が離れている。

床に崩れ落ちて、ごほごほ、と咳きこむ私に背を向けて、教授は机に両手をついている。


「出ていけ。」


 その瞬間、廊下に追い出されていた。

でも、このまま、帰れない。

ノックもしないで、また教授室に足を踏み入れる。


スナイドレー教授は背中を向けてうつむいたままだ。

微かに震えているように見える。

…もしかして、泣いている?

教授の、触れてはならない傷口に塩を塗りこんでしまったのかもしれない。

彼の心の傷を抉って、また出血させてしまったかもしれない。


近づくことを拒絶する、普段より小さく見える背中に向けて、私は深い後悔と彼への想いをこめて、両手の平を上に向け、彼の方に差し述べる。


「ウェントゥス・サーナーティーウス。癒しの風よ、あの方に、安らぎの祝福を…。」


やわらかな緑の光が、スナイドレー教授に飛んでいき、彼を包む。


緑の光が消えた時、聞き取れないほど小さな声が聞こえた。


「私の前から、消えろ。もう、私に構うな…。」


ぎゅっと唇をかみしめ、教授室から自分の足で出て行った。

自分の足で出て行ったのは、これが、初めてかも。


「出て行け、じゃなくて、消えろ、か…。」




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