魔獣
翌日の日曜日。
誰にも会いたくなかったので、学院の森の中をさまよい歩いていた。
学院の森は半日歩いても端にたどりつかないくらい広い。でも、絶対に迷子にならない、不思議な森。
森の中はどこからでも木々の上に学院の尖塔が見え、尖塔の方角に向かって歩けば、必ず、学院に帰れる。
その上、この森は貴重な薬草がたくさんあるので、散策がてら採取も楽しんでいるところ。
森の奥に向かって30分くらい歩くと、小さな湖にたどり着く。
この湖は離れた所から見ると、私の髪の色のような藍色をしているけれど、近づくと湖底の石が見えるくらい透明だ。
その上、不思議なことに、さざ波ひとつなく鏡のように美しいのでお気に入りの場所のひとつ。
いつものように湖の岸辺に寄っていったところ、いきなり湖の真ん中から、ざばっ!と、何かが飛び出してきた。
「きゃあ!」
とっさに後ろに跳躍する。
岸辺に、ドオオン!と落ちてきたそれは、見上げるほどに高く、全身が黒い鱗でおおわれたトカゲのような形をした魔獣だった。
赤い目がギラリと光る。
ぐわっと私に向って、鋭い牙が並んだ口が迫ってくる。
慌てて身体強化をかけ、木の上に飛び上がる。
「なんで、学院内に魔獣がいるの!?」
考えている暇はない。
「グラディウス!」
銀色に輝く剣を手にしっかりと持つ。
黒い大トカゲがしっぽを私が居る木にたたきつける。
木が、たたきつけられたところから折れる。
とっさに隣の木に飛び移り、魔術剣を大トカゲにたたきつけるも、鱗が硬くて弾かれた。
体勢を整え、
「炎よ、わが剣に、まとえ!」
魔術剣に炎をまとわせて炎弾をたたきつける。
でも、黒い鱗の上でその炎はじゅうっと言う音を立てただけで消え、鱗に傷らしいものは見当たらない。
またもや、しっぽで薙ぎ払われた木から隣に飛び移りながら、雷撃や氷の槍を大トカゲに降らしてみたけれども傷一つ、つかない。
「鱗が固すぎる!…。そうであるならば…。」
大トカゲの後方に爆発を起こし、大トカゲがそちらに視線を外した隙を狙って、大トカゲの頭の上に飛び降り、右目に剣を突き立ててから、すばやく別の木へ跳躍した。
右目をつぶされた大トカゲが怒り狂い、しっぽで四方八方、むちゃくちゃに木々を薙ぎ払う。
その瞬間、私は大トカゲの前脚で吹っ飛ばされた。
「うっ!」
背中から、木に激突する。
「グゴガアアアアア!」
やばい。
大トカゲの大きな口が、鋭い牙が、迫ってくる。
だめだ、噛まれる!
死ぬかもしれないと思ったその時、大トカゲの頭上で、きらっと何かが光った。
「星々の斬撃!」
まばゆい白い雷が、大トカゲの頭上を直撃する。
ドーン!と、大トカゲが倒れてくる。
上半身は黒焦げになっていて、頭は元の形をとどめていない。
…あの、大トカゲを、一撃で?すごい。
大トカゲが倒れたときの砂埃で視界が悪い中、向こうから銀白色の光をまとった長剣を持った人が近づいてきた。
「スナイドレー教授?」
スナイドレー教授は私を目に止めるが否や、険しい顔を一層険しくする。
「ここで何をしている。」
散策していたら、湖から魔獣が飛び出してきたので、戦っていたと答えたところ、彼にまたもやじろりと睨まれた。
「学生の分際で魔獣と戦おうなどと、愚かな真似を。素直に逃げれば良いものを。」
と。
「さっさと寮に戻れ。」
立ち上がろうとして、よろめく。
幸い、骨が折れているなどの怪我はしていないようだ。
歩けそう。背中が少し痛いけど。
スナイドレー教授の眼中に私はすでにいない。
彼は魔物のそばにしゃがみこんで、調べている。
唇をかみしめて空を見上げ、尖塔の方角を確認してからゆっくりと寮に歩きだした。
ふと気づく。
そういえば。
スナイドレー教授の剣。私と同じ、星の光…。
スナイドレー教授も、属性がステラ、なのだろうか…。
「そうだったら、お揃いみたいで、うれしいな。」
つぶやいた言葉が木々の中に消えていった。