魔術学院からの迎え2
グレーは手を頭上に高くかかげ、
「ダックス!ソフィア・ダングレーの元に我を導け!」
と叫ぶ。
手から閃光が四方にほとばしるが、
「ふむ?」
眉間に皺が寄る。
「…見つからぬ?」
背後に人の気配を感じて振り返れば、ダングレー侯爵夫人がひきつった笑みを浮かべて立っていた。
「だから、ここにはいません。と申し上げましたわよね?」
グレーは舌打ちをするも彼女を無視し、館の玄関まで一気に飛翔した。
1階からしらみつぶしに探してみるつもりなのだ。
左手を前に突き出し、軽く魔力を溢れさせる。
そのまま、行き手にある部屋を一部屋ずつ確認していく。
「!?」
食堂に入ると、かすかだが、手の平に押し返すような違和感を感じる。
その方角を見れば、果物篭が載った机があり、その背後の壁にはタペストリーがかかっている。ごくごく普通の食堂の光景だが、なんとなく不快感がある。
ずかずかと近づき、机を持ち上げて横に動かし、タペストリーをはぎ取る。
「ほお?」
グレーは、くるりと振り返り、自分の後ろにくっついてきていたベッキーに声をかける。
「この部屋の鍵は?」
「私は存じません。そこは長年使われていないワインセラーだと聞いてます。」
ベッキーは動揺を隠しつつ、答える。
「ふうん?」
「デストロイ!扉を破壊せよ!」
グレーの突き出した右手からあふれ出た衝撃波が扉を跡形もなく吹き飛ばす。
「ひえっ!」
扉が破壊されたときの衝撃で吹き飛び、腰をついたベッキーはそのまま、這うように台所から逃げていく。
ベッキーに構わず、グレーは目の前に現れた階段を用心深く降りていく。
「これはっ!」
地下室の扉に貼られた魔力封じの札。
「これのせいか。道理で見つからぬわけだ。」
あってはならない札。
ダングレー侯爵夫人が貼ったのだろうか。
そうであれば、ダングレー侯爵家は貴族位のはく奪と財産の没収が確定だ。
「パトス」
グレーの肩に、突如としてカラスが現れる。
「この扉を記録しろ。終わったら、魔力封じの札を監察局へ持っていけ。」
パトスと呼ばれたカラスは扉を凝視し、目を一瞬、閉じる。パシャっという小さな音。
証拠の映像として記録されたことを確認したグレーは白い手袋を胸のポケットから取り出し、手にはめる。魔力持ちがこの札に直接触ると火傷することがあるからだ。
白い手袋ごしに札をはがし、手袋ごと、パトスに渡す。
「行け。」
パトスは手袋に包まれた魔力封じの札を口にくわえて、地下室から飛び出し、空高く滑空していった。
グレーは注意深く、地下室の扉を開く。
薄暗い中、縛られて転がされている少女をみとめ、駆け寄り、抱き起こす。
「ソフィア・ダングレー殿?」
「はい…」
頬は平手打ちされたのか、赤くはれ、唇も切った痕が残っている。
手足は固くロープで縛られ、ロープを切ろうともがいたのだろう、血に染まっていた。
グレーは剣を引き抜いて切っ先でロープを切り、ソフィアを抱き上げて食堂に戻る。
椅子にソフィアを座らせ、
「じっとしていなさい。…キュア!癒しを。」
白い光がソフィアを包み、傷を癒していく。
「…ん、すまない、完全には治せていないな。私は治癒魔術が苦手なんだ。」
グレーが頭を掻く。
「いいえ、ありがとうございます。痛みは消えましたから…」
「ソフィア殿だね?あらためて自己紹介しよう。私は、ランドール魔術師団副団長のリットン・グレー。ランドール国立魔術学院まで、あなたを案内するようにと遣わされた者だ。」
「ソフィア・ダングレーです。お迎えに来ていただき、ありがとうございます。」
「余計な時間がかかったので、急がないといけない。荷物は?すぐに取ってこれるか?」
「あの…」
「うん?」
「あの…わたくし、何も用意できていなくて…。」
「うん?」
「あの、おばあ様は学院へは行かせないと。入学に必要なものがなにかも、手紙を破かれたので、わたくしにはわからなくて…」
「なるほど。理解した。」
グレーは、大きくうなずく。
「心配しなくてよい。君のように、保護者が学院に入れたがらず、何も持たずに学院へ来る子供は何人もいる。その場合、国がその子に必要なものを用意する。」
グレーは、私の手をしっかりと握る。
「では、私にしっかりつかまっているように。学院までお連れする。」
「おまちっ!」
ダングレー侯爵夫人が息をきらして駆け込んでくる。
「ソフィアは、行かせないっ!」
「ふん。国王への反逆者めが。お前の指図は受けぬ。」
「何をっ。伯爵ふぜいが、侯爵家にたてつこうと言うの!?」
「…侯爵?何を言っている。もうお前は侯爵夫人ではない。魔力封じの札を使ったな?証拠品はすでに、王室の監査局へ送った。明日にでも、監査局から貴族位のはく奪、財産の没収に、役人どもが来るだろう。観念するんだな。」
「え!?」
「知らないとは言わせない。貴族である以上、知っているはずだ。魔力封じの札は持っているだけでも重罪だ。死罪にならないだけありがたく思え。」
「な、な、な…」
「ソフィア、行くぞ」
「おまちっ!」
ソフィアを引き戻そうと飛びかかったダングレー侯爵夫人の手が、むなしく誰もいない虚空に泳ぐ。
「おのれ、おのれ、おのれ!」
「お、奥様…」
「貴族位のはく奪?財産の没収?そんな、そんな…」
錯乱状態に陥ったダングレー侯爵夫人を、ベッキーはきつく抱きしめる。
「奥様!お気を確かに!そんなこと、私がさせません!」
「べ、ベッキー?」
「いいですか、リリアスお嬢様は、魔力封じの札のことは何も知らなかった。いいですね!?」
「べ、ベッキー…?」
「知らなかったのですっ!!!!」
ベッキーの腕の中で、ようやく脱力したリリアス・ダングレー侯爵夫人は、いつの間にかあふれた涙をぬぐおうともせず、こっくりとうなずき、ベッキーにむしゃぶりついた。
「べ、ベッキー、ベッキー!!」
「大丈夫です、大丈夫ですから、リリアスお嬢様。このベッキーにお任せを!」
ようやく、魔術学院へ移動です。移動したソフィアの見たものは。