リュシューサイド:想いを諦めない
「リュシュリュウ、ソフィア・ダングレーと話をしたそうだね。どうなった?」
「閣下。申し訳ありません。断られました。」
「ふうん、そうか…。」
「でも、私は、彼女を諦める気はありません。」
「ソフィア・ダングレーの魔力が多いのは、私も聞いている。なるべく、こちらに引き込みたいと、私も思っている。」
「では…。」
「リュシュリュウに、彼女のことは任せる。しかし、焦るなよ。どこから横槍が入るか、わからぬ。我らが動いたのちに彼女をこちらに迎える方が良いのかもしれぬ。」
「動く日は、決まったのでしょうか。」
「まだだ。まだ、準備が整っておらぬ。おそらく、お前が卒業してからになるだろう。それまでは、気づかれぬように。」
「承知しました。」
リュシュリュウは深々とお辞儀をする。
頭をあげたとき、閣下の姿はすでに、無い。
「卒業まで時間が無い。卒業する前に、ソフィアを手に入れられるといいけど…。」
リュシュリュウは、ため息をつく。
「どうしたら、僕を好きになってくれるかな…。惚れ薬でも作るか?」
残念ながら、肝心の惚れ薬のレシピを知らない。
そして、惚れ薬なんて一時的にしか効果は無い。
こんなものに頼る魔術師はほとんど、いない。
自分の魔力は、闇。
精神操作をしようと思えばできないことはないけれど、それだけは、したくない。
人形のような彼女なんて、ぞっとするだけだ。
ソフィアには、誓約の魔術紙にサインしてもらった。
それは、彼自身の保身のためではなく、彼女を守るため。
彼女を手に入れられないことに、目を背けていたけれど、なんとなく、気付いてもいた。だから、他の人に話ができないようにした。
彼女がリュシュリュウと婚約でもしたならともかく、彼の物ではない状態で、魔術庁の裏の顔を知った、と、知られたら、彼女は確実に人財管理部に消される。
それは、絶対に防ぎたかった。
リュシュリュウは、苦い笑いをこぼす。
「父の二の舞だけは、したくなかったから、ね。」
リュシュリュウの母は、彼が10歳の時に家を出て行った。
出て行って間もなく、街道で魔物に襲われ、事故死している。
あの時は運が悪かったのだと思っていたけれど、今はわかっている。
母は、わざと魔物に襲わされて、死んだのだと。
母が出ていく直前、父に激高している声を、リュシューは覚えている。
「8家なんて、くそくらえ!そんなことを、そんな親の気持ちを、踏みにじるような所業を、よくも、よくも、続けていたわね!それに加担したあなたも、同罪よ!」
母が父の引き留めを無視して出て行った後、彼は、父に、母が何に対して怒っていたのか、何度も、根気よく、聞いた。
そして、学院に入った後で、父からようやく理由を聞くことができた。
魔術庁の裏の仕事をうっかり知られてしまったのだ、と。
それを、気性が真っすぐな母は耐えられず、父を見限ったことを。
その時に、自分の跡を継ぐのだから、と人財管理部が何をしているか、具体的に教えてもらった。そのやり方に嫌悪が無かったわけではない。
だけど、考えてしまったのだ。
我が国の歴史を。
魔術師であることの誇りを。
昔より、明らかに弱くなってきている、魔術師のことを。
そして、それに比例するように強くなってきている周囲の国を。
「結婚したあとで、ソフィアに見限られたら、生きていけないもんな…。」
父は母がいなくなったあと、再婚しなかった。
父が母を愛していたことを、自分は知っている。
出ていく直前まで、両親は、子供心にも仲が良い夫婦だったのだ。
今ならばまだ、彼女に振られても、傷は小さい。
でも、彼女を簡単に諦められるものでも、無い。なんとか、手を取って生きていく道を、探っていきたい。