ランドールの闇2
「我が国は、ドラコ王が魔術で作り上げた国というのは知っているよね?」
「はい。もともとは、少数民族があちこちに乱立して戦っていたのを、魔術で平定して、1つの国にまとめあげて作られたのが、ランドール国。と、学院で習いました。」
「そう。その通りで、建国時、上に立つ者は全員、ドラコ王の一族の魔力持ちだけだった。魔力を持たない民は征服された小国の民。支配されるのが当たり前だった。」
「今、この国は大きくなり、政治・経済などのトップに立つ者の多くが魔力を持っていない人間で占められるようになった。それは、この国の本来のあり方からすると正しくない。魔術師の国にする、というのは、正しいあり方に、戻すこと。」
「そんなバカな…。この国は大国です。大国として立っているのは、トップに居る人が、優秀だからでしょう。魔力を持っていなくても、優秀なら関係ないではありませんか?」
リュシュー先輩が苦笑いする。
「大国、か…。陰りが、でてきていることに、気付いている者は、まだ少ない。」
「え?」
「北方の隣国のプケバロスは何とかして、我が国へ侵略したがっているし、現に、国境では小さな小競り合いがしょっちゅう続いている。西方の大国フォルティスも、今は同盟国だが、隙を見せれば、攻めこんでくるだろう。我が国は昔のような強大な大国ではないと、各国が認識し始めている。」
「…。」
「では、なぜ、大国で、なくなったのだろう?我が国の、建国の歴史を考えれば、それはわかりきったことだ。強力な魔力を持つ者が支配階級から少なくなったからだ。魔力を持って国を支配し、魔力を持って他国を征服する。それが、ランドール国であったはずなのだ。だけど、8家はやり方を間違えた。自分たち以外が強い魔力を持つことを怖れて、その結果、国力を落とすことになってしまった。8家の中からも自省をこめて、そういう意見が出てきているのも、僕は知っている。」
リュシュー先輩が私の手を取る。
「ソフィア。僕は、学院を卒業したら、この国を、もう一度、魔術師の国にするために、働く。そして、我がランドール国を世界一の国にする。それが、僕の夢。…一緒に同じ道を歩いてはもらえないだろうか?」
「なぜ、わたくしと?」
「君を愛してしまったから。君の魔力は強大で、美しい。これから、この国のトップに立つ僕を支えてくれる力を持っている。君を好きだと気づいた時、君が僕に並びたてる魔力を持っていることに、僕は感謝した。神が、君を僕に与えてくれた、と。」
リュシュー先輩から手をひっこめた。
「わたくし、先輩と一緒の道は、考えられません。」
「なぜ?」
「魔力を持たない人でも、優れた人は、たくさんいます。また、魔力が強くても、上に立つことが向いていない人も、いると思います。」
クラスメートの一人を思い出す。
アンドリュー・ドメスレー。
彼は公爵家で魔力も強いけど、平民に容赦ない。
2年生の時、Aクラスにいたケン・コビンを、平民だからという理由で何かにつけ、いじめて、彼を3年生に進級する前に退学に追い込んだ。
退学したあとで、クラスメートがその噂をしているのを聞いた。
私はエリザベスやリチャードなど、特定の友達以外とあまり話をしないので、そんなひどいことが行われていたことに気付かなくて、ケン・コビンの味方になれなかったことを、とても後悔している。
そんなアンドリュー・ドメスレーみたいな人間には上に立つ資格があるとは思えない。
「人財管理部を止めるだけであれば、わたくしも賛成です。でも、魔術師だけの国という、先輩の理想には、共感できません。」
リュシュー先輩が横を向いて黙り込む。
ややあって、また正面から、じっと見つめてきた。
「僕は君をあきらめない。僕が好きなのは君で、僕にふさわしいのも、君だから。」
彼はボートの魔石に触れる。
魔力を吸収したボートは、コテージに向かってまた滑り出した。
陸につくと、ティーテーブルの上にはいつの間にか、新しくお茶のセットが用意されていた。でも、あまり食欲はなく…。申し訳程度に紅茶を一口、二口、飲んだだけ。
「疲れさせちゃったね、ごめんね。…でも、僕の話を聞いてくれて、ありがとう。」
私も彼の考えを知ることができて、良かったのだと思う。
仮に、交際を始め、婚約など後戻りできない状態になって知るよりかは。
そして、何よりも、この国の裏の面を知ることができたことが。
リュシュー先輩はまた馬車に乗せてくれて、帰り道は特にとりとめのない話をしながら、ステラ塔まで送ってくれた。