ランドールの闇1
「まず、魔力は遺伝しない。これは嘘だ。」
「え?」
「魔力は遺伝でしか、発現しない。」
「はああ?」
意味がわからない。
「誰に発現するかわからないから、毎年、リストが作られて学院へ集められるのではないのですか?」
「そういう仕組みになっているけれど、魔力を持つ者の先祖をたどっていくと、ランドールを建国したドラコ王に行きつくことは知っている?」
曖昧にうなずく。
歴史を振り返れば、ドラコ王の一族が魔力を持っていた。
征服された民は魔力を持っていなかった。
…あれ?
「最近、この国で魔力を持って生まれる子供は年間100名以下だ。その子供の親は当然、父母のどちらかが魔力を持っているか、あるいは、先祖に魔力持ちがいたか、だ。だが、その子供達の何人かは実の親ではなく、魔力を持たない親のところで育てられる。」
「あの、何を、おっしゃっているのか?」
「うん。わからないよね。…魔術庁の人財管理部。そこが、魔力を持つ人間の管理をしているのは聞いたことがあるでしょう?でも、それは、表の顔。裏の顔があって、魔力を持つ子供が生まれたら、その子を両親のもとに置いておくか、すりかえて、別の親に育てさせるかを決めて、実行に移す。」
「え?」
「貴族の常識として、8家だけは魔力が遺伝する家系と言われているのは知っている?…4大公爵と4大侯爵は代々、魔術師が跡を継ぐ。という常識。」
首を振る。
そもそも、貴族の集まりに行ったことがないし、知り合いも学院以外にいないし、当然、貴族としての常識を教えてくれる人もいない。
「この8家は、ドラコ王の直系で、他の貴族に比べると王の血が濃いため、代々の子供が魔力を持って生まれてくる、とされている。すべての子供が魔力を持って生まれてくるわけではないけれど、今のところ、途切れることなく魔力持ちが代々、跡を継いでいる。」
「では、他の貴族はなぜ、魔力が遺伝しないのだろう?ドラコ王の傍系だから?…理由としては、やや、弱いよね。」
確かに。首をかしげる。
「でも、魔力は遺伝しないことになっているから、8家以外の貴族は、魔力を持っていなくても跡を継げる。なぜならば、魔力を持たない子供が多いから。たまに、先祖返りというのかな、もしも、魔力を持つ子供が生まれた場合は必ず、魔力を持つ子供に跡を継がせる。」
「なぜ、そんなことになったかというと、8家は、8家以外の貴族の家から、自分たちを脅かすような、強大な魔術師が生まれることを恐れたから、なんだ。自分たちに対抗できる勢力が生まれることを。自分たちの身分を、特権を、守るために。」
「2000年前の内乱が、この制度の引き金になった。強い魔術師が、8家以外に生まれ、彼らが結託して8家に剣を向けた。8家は敵に打ち勝つことができたけれど、それには、とても長い年月がかかった。また同じように、彼らに反抗する強い魔術師が生まれることを恐れたんだ。」
「では、どうすればよいか。8家以外の貴族の血を薄めてやればよい。強い魔術師が生まれないように。そのためには、血を薄めたい貴族の配偶者に平民をあてがえば、良い。…それが考えられた当時、貴族は貴族と婚姻し、魔力を持つ子供が必ず生まれていたから。魔力の血を薄めるには、魔力を全く持たない平民の血を混ぜるのが手っ取り早かった。」
黙ったまま、聞いている。
「でも、貴族が平民と婚姻なんてするわけがない。魔力は遺伝する、というのが、2000年前は当たり前の常識だったから。そもそも、8家の企みを知られるわけにはいかない。8家以外から強い魔術師が生まれることを許さないなど、すべての貴族には許せない考えだろう。」
「そこで、8家は、魔術庁に人財管理部を作った。表向きは、魔術師の管理。適材適所に生かすため。でも、真実は違う。8家以外の貴族の魔力の血を薄めるため。」
「2000年前から少しずつ、貴族の間に魔力を持たない子供が生まれてきた。それは、歴史でも学んだでしょう?表向きは、ドラコ王の血が薄まったからとされているけれど、そうではない。人財管理部の暗躍だ。」
「人財管理部は、貴族の誰かが妊娠したら、生まれてくる子に魔力があるかを必ず調べる。魔力があることがわかったら、その子をその貴族の家に残すか、残さないかを、決める。残さないと決めたら、魔力を持っていない子供とすり替える。そして、魔力を持って生まれてきた子は、魔力を持っていない子供の親…魔力持ちが絶えている貴族の家か、平民のどちらかに渡す。もちろん、どちらの親もすり替えられたことには気づかないように、闇の魔術師を使って、精神操作されるから、我が子と信じ切って、育てる。」
「そんな馬鹿なことが…。」
「事実だ。だから、貴族といっても、平民の子供とすり替えられた場合、貴族の血…魔力を持つ血…が薄まっていく。当たり前だが、それを何代も繰り返せば、魔力持ちが生まれる確率はどんどん下がっていく。今、下級貴族は全く魔力持ちが生まれることが無くなっているのは、それが理由なんだ。そして、魔力を持つ子供が生まれなくなって、数百年経ったら、その家は断絶させられる。なぜなら、完全に平民の血となった、ということだから。」
歴史から、たくさんの名門貴族が消えていったことを知っている。数があまりに多かったけれど、内乱などで跡継ぎが亡くなったからだと思っていた。
…でも、違う?
「平民からは今でも相変わらず、魔力持ちは生まれていない。君も知っている通り、魔力を持つ子供は、学院を卒業したら最低でも騎士か男爵位をもらうから。一代限りだけど、貴族になるので配偶者もおのずと貴族階級から選ぶ。実の親のところで育った子供と婚姻して、本来、継ぐべき家を継ぐ者もいる。そこは、人財管理部がうまいこと、調整している。今は、そうでもないけれど、少し前まで、貴族の婚姻は王家か、8家が、相手を紹介することも多かったし、それを受け入れるのが当たり前だったからね。そして、一代限りと言うのは建前で、その一代限りの貴族から子供が魔力を持って生まれたら、その魔術師は先祖の血が濃いと認定されて、断絶していた貴族の家名を継いで、代々、貴族になる。理由をいろいろつけて叙爵する。
…生まれた子供はもちろん、すり替えられるけれど。魔力は遺伝しない、という常識を壊さないために。」
混乱してきた。頭痛がし始めた頭を押さえて、つぶやく。
「魔力は突然変異ではなく、遺伝。だから、魔術師と魔術師が結婚して、子供が生まれたら、その子は魔力を持つ可能性が極めて高い?」
「その通り。だから、魔術師同士が結婚し、子供が生まれるとなったら、魔術庁がその子供を厳重に管理する。子供が魔力を持つことはほぼ確実なので、生まれると同時に、ほとんどが、魔力を持たない子供にすり替えられる。魔力が高い子供であれば、8家が指定した貴族のところに養子として送られることも多い。もちろん、その場合、親の名前か明かされることはないし、養子にもらった家は自分の子供として育てるから、他の家に情報が洩れることもない。」
その時、ふと自分のことに思い当たる。両親は、本当の両親では、ない?
「わたくしも、すり替えられていたの?」
「安心して。すり替えられず、実の親の所で育っている。理由は簡単だ。君の父上が、この国の人間ではなく、フォルティス人だったから。君の容姿はこの国の人間の容姿ではない。だからといって、フォルティス国に君を渡すわけにはいかない。調べたよ。気になって。」
「調べた?」
「さっき言ったように、僕の父は4大侯爵の一人だ。しかも、母が4大公爵から嫁に来ているので、8家の中でも、かなり上のポジションにいる。父と一緒ならば、人財管理部が管理している書類を見るくらい、できる。もちろん、今のところは全部ではないけれど。」
私はすり替えられなかったんだ。安堵すると同時に、暗い気持にもなる。学院の生徒は、ほとんどが実の親から引き離されている?
「今、人財管理部は魔力を持って生まれた子供を、ほとんど平民に渡している。その理由は貴族だけが魔力を持っているとしたら、平民が貴族に嫉妬する可能性があるから、その芽を摘むためだそうだ。まあ、魔力が低い子供が増えた、というのも、それに抵抗が無い理由の一つと、聞いているけれど。」
「だけど、僕は、その仕組みを変えよう、と思っている。そのために、魔術師のための国を夢見ている。」
「え?」
「魔力が遺伝するならば、魔力を持つ者は、すべて貴族が先祖だ。その祖先は、ドラコ王。僕はドラコ王の時代のように、強大なランドール国を作りたい。そのためには、強い魔術師がたくさん生まれないといけない。今、我が国の魔術師は過去に比べると、強い魔術師が圧倒的に減っている。だから、魔術師は、魔術師以外と婚姻してはならいし、魔術師だけで生きていくべき、なんだ。」