父の話
「ソフィ、終わった?」
エリザベスが待っていてくれていた。
「あ、ごめんね、リズ。待っててくれたんだ。」
「夕食までに、おしゃべりしたくて。休暇中、家族で旅行したの。そのお土産も渡したいし。」
と、エリザベスはにっこり笑う。
「それにしても災難だったわね。瓶を落としちゃうなんて。手が滑ったの?」
どうやら、スナイドレー教授がわざと受け取らず落としたのは見えなかったようだ。
「そう、みたい。緊張してたのかも。」
「ソフィでも、緊張するんですのね。」
エリザベスは朗らかに笑う。
そこに、ジェニファーが近づいてきた。
「あー、見つけた。二人とも。お土産渡そうと思って!」
「あら、ちょうど良かった。わたくしもなの。廊下で話しているわけにもいきませんわね。どこか夕食までゆっくりできるところ、ありませんかしら?」
リュシュー先輩と一緒に行った、ティーサロンを思い出す。
「ティーサロンは、どうかしら?」
2人とも、びっくりしたようだ。
「ティーサロン…。そういえば、そういう部屋もありましたわね。ソフィはもう利用されたことがありますの?」
リュシュー先輩と話をしたときに使ったと白状する。
「まあ、まあ、リュシューと!」
エリザベスは、にこにこしている。
3人でティーサロンに移動した。
夕食の前だからか、意外と空いている。数組、上級生のグループがいるくらいで。
私たちはカウンターから紅茶だけ受け取り、空いているテーブルに座る。
おいしそうなケーキがたくさんあったけれど、食べたら夕食が入らない。残念だ。
「わたくし、休暇中、フォルティス国に父と一緒に行きましたの。」
エリザベスは楽しそうに、お土産を出しながら話し出す。
フォルティスと聞いて、身を乗り出した。…お父様の国!
「この国よりも涼しい気候ですので、避暑に最適と聞いてましたけど、本当にその通りでしたわ。」
お土産は、かわいらしいユニコーンのぬいぐるみだった。
ユニコーンの目に、金色の貴石がはめ込まれている。ぬいぐるみの色はジェニファーのはオレンジ色。私のは水色だった。
ユニコーンは、フォルティス国の国獣。
そして、金色に光る貴石はフォルティス国でしか産出されない。
ぬいぐるみを大喜びで受け取った。
「それでね、ソフィ。」
エリザベスが会話を続ける。
「あなたのお父様の家…、プラエフクトウスについて、少しだけ、わかりましたわ。」
胸がどきんとする。
「プラエフクトウス家は、フォルティス国の神官の家系だそうですの。」
「神官?」
「フォルティス国は我が国とは違う宗教でしょう?その教会を束ねる大神官がいるそうですが、その家がプラエフクトウス家だそうです。平民と、こちらでは伝わっていましたが、実は違って、貴族位をお持ちだそうですわ。」
「そうなんだ…。」
知らなかった、父の出自。
「社交界にも何度か呼ばれて参加しまましたので、アクシアス・プラエフクトウスを知っている人を探してみましたが、それは見つかりませんでした。ごめんなさいね、ソフィ。」
「とんでもないわ、リズ!お父様のこと、少しだけでも教えてくれて、ありがとう。」
「でも、神官の家の方がどうして、この国で魔術師になったのかしら?」
ジェニファーが不思議そうに言う。
「本当ですわね…。」
「私の実家の商会はフォルティス国にも支店を持っているから今度、調べられないか、聞いてみるね。」
ジェニファーが、なぐさめるように言ってくれる。
「ありがとう。ジェニ。もし何かわかったら、教えてね。」
ジェニファーのお土産は、ジャムの詰め合わせだった。
「ケンドル農園のジャムなの。」
そして、彼女の左の薬指には、きらっとルビーが光っている。
「ジェニ、あなた、もしかして、ご婚約を?」
エリザベスが目ざとく見つけて、ずいっと身を乗り出す。
「うふふ。そうなの。」
「6年生のケンドルさんね?」
「ええ!」
ケンドル先輩は魔術師なので、親の農園を継がないけれど、学院卒業後は魔術庁の農林水産研究部の研究職を希望しているそうだ。
5年間、学年上位5位以内をキープしているので、同じ魔術庁の中でもたくさんの部署から勧誘を受けているけれど、一番興味があるのが園芸魔術だそうで。
おそらく問題なく、研究者になれそうとのことだ。
「私は、園芸魔術も好きだけど、根っからの商人なので、彼が開発した種子などを売るっていうサポートをしようかなって思ってるの。」
ジェニファーは幸せそうに笑う。
魔術で作り出されたものの販売は魔術庁が受け持つ。
ジェニファーは魔術庁の魔道具流通管理部への就職を狙っているようだ。目的が決まって、うらやましい。
私はまだ何になれるのか、なりたいのか、わからないから。
ソフィアは3歳になる前に父を亡くしているので、父が隣国フォルティス人としか、知りませんでした。