リュシュー先輩とのティータイム
授業が始まるまでの10日間、毎日、学院内をのんびり散策して過ごす。
街に出てもいいけれど、一人でウィンドウショッピングするのはつまらないから。
エリザベスとジェニファーと3人で回るから、楽しいのだ。
彼女たちは、始業式の前日にならないと戻ってこない。
学院到着の翌日、散策しつつ、テネブラエ塔の近くまで行ったら、リュシュー先輩とばったり出会った。一人ではなく、私と同じクラスのアンドリュー・ドメスレーと一緒だった。
「もう、こちらへ来ていたんだね?ソフィア。」
リュシュー先輩が微笑みかけてくる。
「リュー先輩、ダングレーと知り合いでしたか?」
いぶかしげに、アンドリューが首をかしげる。
「時々、リズと一緒に食事をしたことがあってね。」
「リズ?ああ、アークレー侯爵の。」
ちらっと、アンドリューは私を見たが、そのまま目をそらす。
2年間、私達は同じクラスだったけれど、彼とは授業以外で話をしたことがあまりない。
アンドリューは徹底した貴族主義で、同じクラスの一員でも、平民には口を聞くのも嫌だという態度を崩さない。グループ活動で、メンバーに平民が入ると、教授に抗議して貴族だけのメンバーに変えてもらうまで粘るなど、呆れるほど徹底していたから、私は好きになれない。
「リュー先輩、それじゃ、僕はここで。またお話聞かせてください。」
「ああ、アンディ、こちらこそ、今日はありがとう。」
アンドリューが立ち去っていく。
私も会釈して立ち去ろうとしたけれど、リュシュー先輩に呼び止められた。
「久しぶりだね。もしよかったら、お茶しない?たまにはいいでしょう?」
断りたかったけれど、断る理由が思いつかない。
しかたなくうなずくと、
「学院のティーサロンに行こうか。」
と、連れていかれた。
ティーサロンは食堂の隣にあることを知っていても、使ったことは無かった。
上級生になれば、授業が選択制になるので空き時間ができることが多くなり、ティーサロンを時間つぶしに使う生徒が多いみたいだけれど。
「わあ…。」
ティーサロンは三方の壁が透明なガラス張りで、テーブルとテーブルの間はこんもりと花々が咲き乱れたプランターが置かれ、それがパーティションになっている。そのプランターが割と大きいので、隣のテーブルの会話は意識しなければ、聞き取れないかもしれない。
サロンは明るい光が満ちて、美しく、落ち着ける部屋だった。
「ティーサロンは初めて?」
「はい。利用する機会が無くって。」
「低学年だとそうかもね。日曜日は街の喫茶店を利用するし。」
まだ休暇中なので、ティーサロンには誰もいない。
リュシュー先輩に案内されて、テーブルに着くと、
「飲み物取ってくるから、ちょっと待ってて。」
と、言われる。
「あ、自分で取りに行きます!」
「レディーにそんなことさせられないよ。気にしないで、待っていて。」
リュシュー先輩に制され、仕方なくうなずく。
この学院の食堂はセルフサービスだ。カウンターに料理が載ったお皿がたくさん置いてあって、食べたいものを好きなだけトレーに載せて、テーブルに運ぶ。
不思議なことに、品切れになった料理を見たことがない。
午前の授業が長引いて、お昼休みの後半に慌ててかけこんでも、お昼休み直後と全く変わらないくらいたくさん料理が置かれている。
このティーサロンも同じようだ。
「お待たせ。」
リュシュー先輩が、紅茶とプチケーキの盛り合わせを置いてくれる。
「あ、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
「ソフィアは、長期休暇の間、どうしてたの?」
「えっと、読書三昧でした。」
「どこかに出かけるとかはなかったの?」
回答に困る。
「祖母が今、療養中ですので…。」
「ごめん。そういえば、君はおばあ様と2人暮らしだったね。ダングレー侯爵夫人が療養中という話を、母から聞いたような気がする。」
「いえ、お気になさらず。」
「ねえ、ソフィア。今度の休み。まだ半年後で、気が早いんだけど、僕の家の別荘に遊びに来ない?ケンドル農園がある地方に別荘があるんだ。近くには湖もあるし、夏休みを過ごすには気持ちの良い場所。時々はマーク・ケンドルも誘って、ピクニックとかも楽しめると、思う。」
とまどった・
リュシュー先輩でなく、エリザベスかジェニファーの誘いだったら、行きたいと思っただろう。
私は首都ランズでさえ歩いたことがない。屋敷に閉じ込められていたから。
大人になったらやりたいことのひとつは、国内を旅行することだった。
「あの、でも…。」
「はっきり言うね。」
リュシュー先輩がいきなり、私の手を握ってきた。
「僕は、君が好きだ。」
顔が一気に火照る。
「僕は今年で卒業だ。そうしたら、君に今度会えるのは、君が卒業してからになるだろう。運が悪ければ会えないこともあるかもしれない。だから、今年しか僕にはチャンスが無い。」
「あの、なぜ、私を?」
「気づかなかった?僕は君を2年間、ずっと見てた。君はとてもきれいだ。初めは、かわいい子だなあ。くらいで、リズを妹のように見ていたのと、同じ気持ちだったけれど、何に対しても真剣に頑張る姿にどんどん、惹かれていった。
決定的だったのは、君が戦闘魔術の試験を受けているのを見たとき。レイピアから流れる白銀の光に包まれ、まるで舞うかのように剣を振る君を見たとき、僕は、君から目を離せなかった。
…本当に、すごくきれいで。君の真摯でまっすぐな視線が、すごく、僕の胸に痛くて。
…何度もデートに誘ったけど、断られていたでしょう?あれ、地味にショック受けてたよ。どうやったら好きになってもらえるか悩んでいたけど、君は放課後も教授と激論を交わして、独りになってくれないから、全く取り付く暇もなく。
…日曜日は、いつもリズと一緒だったし。」
「先輩のこと、あまりよく知らないし…。」
「だから、知ってほしい。」
本当に困ってしまった。
好きと言われても、リュシュー先輩に特別な思いは持てていないし、恋人でもないのに、異性の別荘になど行けるわけがない。
うつむいてしまった私に、リュシュー先輩も困ったように微笑む。
「ごめん。無理強いをするつもりはないんだ。」
そっと、握られていた手が離される。
「せめて、チャンスをくれないかな?今度の日曜日、デートしよう。そして、僕と話をしよう?」
「で、デート?」
「デートだと思わなくてもいいよ。友達から始めて、友達として話そう?絶対に、君の嫌がることはしないと約束する。」
リュシュー先輩の濃い深い碧色の瞳には、真剣な色が浮かんでいる。
嫌いではないけれど。
仕方なく、うなずいた。
リュシュー先輩が、さっと笑顔になる。きらっきらの笑顔で、まぶしいくらいだ。
「ありがとう。今度の日曜日が楽しみだ。…引き留めちゃったね、ごめん。ステラ塔に送るよ?」
一人で戻ると断ったけれど、結局、ステラ塔まで送ってもらってしまった。
「送り狼になれないのが、残念だなあ。」
リュシュー先輩に、冗談だけど、と、笑いながら言われて、え?と首をかしげる。
「あれ?知らなかった?寮室のドアを開くことができるのは本人だけ。また、寮室に招き入れられても、本人が「出て行って」と言えば、その瞬間、その相手は寮室の外に強制退室になるんだよ。防犯のためにそういう仕組みになっている。」
全く知らなかったので、びっくりした。
どれだけ、ここは魔術がかけられた場所なのだろう?
「じゃ、また日曜日に。塔まで迎えに来るよ。」
リュシュー先輩が塔の入り口から笑顔で去っていく。
寮室に飛び込んだ途端、床にぺたんと座ってしまった。
「デートすることになっちゃった?」
整理してみよう。
リュシュー先輩ってどんな人だったっけ?
ものすごく頭が良くて、魔力もすごくて、学年トップを6年間キープした優秀な人。
戦闘魔術の試験は公開試験のため誰でも見学できる。
エリザベス達と一緒に見てみたけど、とても鋭い戦い方をする人だった。一撃必殺、とでもいうのだろうか。
何よりも、女生徒の大歓声に耳が痛くなったのを覚えている。
侯爵家の跡取りで、リズの幼馴染。
やさしくて気遣いができる人。
完璧みたいだけど、何か冷たい感じがする人。
…そう、彼は普段から、Aクラスの生徒以外には厳しい目をしているんだ。
ふいに、彼の声が突然、頭の中に響く。
「魔術は、魔術師だけが使えればよいんだ」
彼は普通の人が魔術具を使うのを嫌がっていなかった?
魔術を特別に見ている?
魔術至上主義?
よくわからないけど、何かが根本で違うような気がする。
「でも。思い込んでいるだけかも。本当の彼を知らないじゃない?」
ため息をついた。
勉強だけしていれば良いはずだったのに。
恋なんて。考えたくなかったのに。恋?
その時、私の脳裏に浮かんだのは、フィロス・スナイドレー教授の冷たい目だった。
「え?なんで、今、スナイドレー教授が浮かんだの?」
時々、食堂や廊下で、彼と何度もすれちがっているけれど、その都度、向けられる視線は、憎悪に満ちた冷酷な目だった。
なぜ、私は憎まれているのだろう。
知りたくて話しかけようとしたことが何度かあったけれど、すべてを拒絶するような雰囲気と、2人きりになる機会がまったく無く。
ふと、リュシュー先輩の担任がスナイドレー教授だったことを思いだす。
先輩に聞いてみようか。
スナイドレー教授のことを。
リュシュー先輩、ソフィアが好き、とついに告白しましたが、ソフィアは渋い顔してます。週末のデートで、2人の仲は接近するんでしょうか。